ギリシアとローマの豊穣神話
■ギリシアの豊穣神話
 ギリシアの豊穣神話では、豊穣を司る太母神デーメーテールとその娘ペルセポネー(父は最高神ゼウス)の話があります。ペルセポネー(「乙女」を意味する「コレー」とも呼ばれます)を冥界の神プルートーンが奪って、二度と母のもとへ戻ることがないように彼女にザクロの実を食べさせます。しかし、デーメーテールが冥界に出向くことで、ゼウスの計らいによって、ペルセポネーは、年の三分の一の間は冥界に留まり、残りは神々のもとに留まることになります(アポロドーロス『ギリシア神話』第1巻5章)〔高津春繁訳『ギリシア神話』岩波文庫(1983年)36~37頁〕。
 このデメーテール神話は、ギリシアでは、エレウシースの祭儀として知られています(現在のアテナからサラミナ湾にそって西へ向かうとメガラとの間にエレウシナがあります)。エレウシースの祭儀は、デルフォイの祭儀と共にギリシアの最古の祭儀です。ペルセポネーは、天神ゼウスと豊穣の女神デーメーテールの間の娘ですから、ドゥムジやタンムーズのような男神ではなく、女神です。
 興味深いのは、彼女がザクロの実を食べて二度と地上へ戻れないようになっていること、また、エレウシースの祭儀では、イアンベーという女神が戯(ざ)れ言(ごと)を語って神々を大笑いさせたとあることです。日本神話でも、伊耶那美命(いざなみのみこと)が黄泉(よみ)へ下った際に「黄泉戸喫」(よもつへぐい=黄泉の国で食事すること)したために戻れなくなったとあり〔日本古典文学全集『古事記』(小学館)64頁〕、天照大御神(あまてらすおおみかみ)が天の石屋(あめのいわや)に隠れたときに、天の宇受売命(あめのうずめのみこと)が、神がかりして陰部(ほと)を出して踊って神々を大笑いさせたとあります〔前掲書『古事記』82頁〕。
■ローマの豊穣神話
 デーメーテールとペルセポネーのギリシア神話は、ラテンの詩人オウィディウス(前43年~後7年頃)の『メタモルフォーセス(変身物語)』(第5巻341~567行)で詳しく語られています〔中村善也訳『変身物語』(上)岩波文庫(1981年)196~211頁。以下「 」の引用はこれによる〕。
 ラテン名ケレス(=デーメーテール)とプロセルピナ(=ペルセポネー)の物語は、ミネルヴァの求めに応じて、詩の女神たち(ムーサイ)の一人カリオペによって語られます。
 
 全世界の「空」はユピテル(英語Jupiter)に、「海」はネプトゥーヌス(英語Neptune)に、「地下」はプルート(英語Pluto.ただしラテンではDisとも呼ばれる。英語ではギリシア名Hadesが用いられることが多い)によってそれぞれ支配されています。生殖の女神ウェヌスは、彼女の息子である性愛のクピード(英語のCupid)に命じて、その性愛の矢で、プルートの胸を射貫いて、姪のプロセルピナと結びつけるよう告げます(プルートは、プロセルピナの父ユピテルの弟)。プロセルピナは、「常春(とこはる)の野ですみれや白百合を摘んでいました」。冥界の王は、彼女の姿を目にすると、一目惚れして彼女を冥界に連れ去ります。泉の妖精キュネアは、この二人を目にして、ケレスの同意を得ないでそのようなことをしてはいけないと二人に叫びますが、その甲斐もなく、泉は溶け去ってしまいます。
 一方、「大地の実りと食料を与える豊穣の女神」であるケレスは、宵の明星が見守る中を「西の果てから東まで」、昼も夜も娘を捜し回ります。彼女がキュネアの泉へ来るとそこにプロセルピナの帯を見つけますが、キュネアは口をきくことができません。彼女が娘を探す間は、「田畑には実るべき作物がなく、種子もなく、豊穣はその土地から滅び去り、日照りとなり、星のめぐりも風向きも人々に害を及ぼします」。ついに、泉の妖精アレトゥサが、プロセルピナは、今や地下の冥府のお后(きさき)になっているとケレスに告げます。そこでケレスは、娘の父であるユピテルのもとへ行き、娘を取り戻したいと訴えます。ユピテルは、二人が結ばれたのは「真実の愛の結果」だとしながらも、「もしも娘が冥界で何も食べていないのであれば、天界へもどすがよい」と告げます。ところが、乙女は、すでに冥界でザクロの実を食べていたのです。そこで、ユピテルは、「弟の冥界の王と、悲しみに沈む妹の豊穣の女神との間を調停して」、1年の巡りを等しく二つに分けて、六ヵ月はプロセルピナの夫(プルート)と、六ヶ月は母のケレスとすごすことができるようにしました。こうして、「雨雲に隠されていた太陽が、雲を払いのけて燦然と照り渡るようになりました」。
 
 この物語では、太陽の運行が、娘プロセルピナと結びついていますから、シュメール神話のイナンナとアッカド神話のイシュタルに通じています。このラテンの神話では、豊穣の喪失が、単なる飢饉にとどまらず、太陽や星の運行、その他のあらゆる災害と関連しているのが分かります。
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