4章 陰陽五行説
■陰陽と五行
中国思想では、陰陽(いんよう)論と五行(ごぎょう)説とを組みあわせた「陰陽五行」(いんようごぎょう)説が、宇宙の生成と自然の周期、さらに人間世界の統治、人体の仕組みなど、大宇宙(自然)から小宇宙(人体)にいたるあらゆる現象が、これによって説明され、この説が占いにも適用された。陰陽論と五行説は、殷代における「風」(ふう)信仰とほぼ同時に成立したという見方もある。しかし、陰陽論と五行説は起源を異にするもので、両者が組み合わされるのは、春秋時代(前770年~前403年)から戦国時代(前403年~前230年頃)にかけてだとされている。
伝承によれば、「陰陽思想」は古代中国神話に登場する帝王「伏羲(ふくき)」によるもので、全ての事象は、それだけが単独で存在するのではなく、「陰」と「陽」という相反する形(例えば明暗、天地、男女、善悪、吉凶など)として存在し、それぞれが消長をくりかえすという。これも伝承によれば「五行思想」は、夏の創始者「禹(う)」によるもので、万物は「木火土金水」という五つの要素により成り立つとする。戦国時代の斉(せい)の国の鄒衍(すうえん)(前305年~前240年)は、錬金術の祖とも言われるが、陰陽を五つの惑星と対応させることで形成された「五徳(五行)」思想に基づいて、王朝の盛衰と交代を説明した。その後、様々な事象と結び付けられることで、陰陽思想と五行説が統合されて完成した〔Wikipedia(ネット版)「陰陽五行思想」〕〔岩波書店『広辞苑』〕。
■陰陽説
古代から現代にいたる中国でも、ルネサンス期にいたるまでの17世紀の西洋でも、宇宙を「大宇宙」とし、人体を「小宇宙」と見て、両者を対応させることで森羅万象を法則化し説明しようとする思想がある。古代中国では、「陰」と「陽」の二つの原理が相互に対立しつつ、しかも相互補完的に作用し合うことで、全宇宙の周期(サイクル)が構成されているという見方が行なわれてきた。「陰陽」の両極が、対立しつつも交代するという図式は、すでに殷時代の青銅器の図像からも読み取ることができる。例えば、暗闇を見る「ふくろう」には「太陽の眼」が与えられ、光りの象徴には「夜」を表わすしるしがつけられている〔エリアーデ『世界宗教史』(2)15頁〕。
原初の混沌(カオス)状態の中から、光に満ちた明るい「陽気」が上昇して天となり、重い暗黒の「陰気」が下降して地となった。この二気の相互作用によって万象を理解し、将来を予測するのが陰陽思想の発端である。「陰・陽」は、ほんらい山の日かげ(陰)と日あたり(陽)から出たとされているから「寒・暖」を意味する。これが「気」と結びついて、年ごとの気候の推移が陰陽二気によると考えられた。
中国最古の詩集に、殷時代から春秋時代までの311編の詩を集めた『詩経(しきょう)』がある。孔子の編集によると言われるが確かでない。この詩集で「陰陽」は、冷たい曇り(陰)と熱い晴天(陽)の気候を表わすだけでなく、「光の時」と「闇の時」の二つの「時の相」を意味し、この二つの相が相互補完的に組み合わされることで、循環する秩序の全体像が構成され、このように変動する原理を「道(タオ)」と呼んでいる。この変動原理では、相互の「対立」よりも、むしろ「交代」のほうに重点が置かれる。これが「暦(れき)」にも現われて、凍った地面の底にある陰に囲まれた泉からは、年ごとに陽が活力を得てよみがえるのである〔エリアーデ前掲書15~16頁〕。だから「陰」と「陽」は、相反しながら、一方なしにはもう一方も成立せず、宇宙のありとあらゆる物は、「陰・陽」の二気によって盛衰するから、「陰」と「陽」が調和して初めて自然の秩序が保たれる(ヨーロッパのルネサンス期の「ハルモニア」「調和」思想に通じる)。
ここで注意しなければならないのは、この二元性は、例えば古代ペルシアのゾロアスター教に見るような「善悪二元論」とは異なることである。ゾロアスター教での善悪の二元論は、人間の内面をも含む宇宙全体が「善」と「悪」との間の抗争・闘いによって構成されている。しかし「陽」は必ずしも善ではなく、「陰」は必ずしも悪ではない。陽陰があってはじめて、一つの要素となるからである。
陰陽説に関連して、夏と殷と周の三王朝に渡る占いの著作で「三易」と称されるものがある。夏の易は「連山」、殷の易は「帰蔵」、周の易は「周易」と呼ばれるが、現存するのは「周易」だけである。『易』とは「易経」あるいは「周易」のことで、伏羲(ふつき)による占いの「卦(け)」を周の文王が採り入れて卜辞(ぼくじ)とし、周公がこれをさらに細説したものを孔子がさらに深めて原理化し「十翼」を作ったと言われている。これによると、陰と陽の二元は、太極から発生し、老陽(夏)、少陽(春)、少陰(秋)、老陰(冬)の四象がある。さらに乾(けん)、兌(だ)、離(り)、震(しん)、巽(そん)をもって万象を説明する。易経では、算木(さんぎ)と筮竹(ぜいちく)とを用いて吉凶を占うが、八卦(はっけ)を重ね合わせて六十四卦が生じるとし、これを自然現象、家族関係、方位、徳目などに当てはめて解釈した。これは周時代に成立したので「周易」と称され、現在も易学の祖とされている〔『広辞苑』ネット版〕。これ以後、一気二相の陰陽哲学は、すべての対立し循環するものの二元的原理として、中国人の思考法を決定づけることになる。
「陰陽」の基本的な特性は、雨と晴、夜と昼、地と天のように基本的なものから、現代では、例えば次のような陰陽二相へ及んでいる。遠心力と求心力、膨張と収縮、機能の分離と融合、動きの不活発と活発、振動の短波と長波、方向の上昇と下降、垂直と水平、位置の外部と内部、重量の軽いと重い、光度の暗いと明るい、湿度の湿潤と乾燥、密度の希薄と緻密、外形の大きいと小さい、感触の柔らかいと硬い、素粒子の電子と陽子、気候風土の寒冷と熱帶、生物の植物的と動物的、女性と男性、呼吸の吸うと吐く、態度の消極的と積極的、防御的と攻撃的、文化の精神的と物質的、次元の空間と時間、向きの上下、前後、左右、夫婦の妻と夫、親の母と父、表裏の裏と表、偶数と奇数、損害と利益などなどである〔以上はWikipedia(ネット版)の「陰陽思想」による〕。
■五行説
数字の「5」は、洋の東西を問わず数秘的な意味を帯びてきた。プラトンの『ティマエウス』では五角形には特別の意味が与えられ、16~17世紀のイングランドでは、「五つの徳目」が重視された。五角形の対角線は星を形成するから、この星は、古来闘いを表わし、軍人の記章として用いられてきた。アメリカ国防省の「ペンタゴン」(五角形)もこれにちなんだものであろう。
中国の「五行(ごぎょう)」では、万物は、「木(もく)・火(か)・土(ど)・金(ごん)・水(すい)」の5種類の元素からなると言われている。5種類の元素は「互いに影響を与え合い、その生滅盛衰によって天地万物が変化し、循環する」という思想がその根底にある。これは、西洋の「火、風、地、水」の四大元素説と比較される。五行思想は、戦国時代に、儒家であり陰陽家でもある鄒衍(すうえん)(前305年頃~前240年頃)が理論づけたとされる。一説によると、元素を五つとしたのは、当時中国では五つの惑星が観測されていたためだという。少なくとも当時から知られていた惑星である水星・金星・火星・木星・土星の名称は五行に対応している。五行説は、春秋戦国時代の末頃に、陰陽思想と一体で扱われるようになり、「陰陽五行(いんようごぎょう)説」となった。
「五行」(ごぎょう)とは、ほんらい「木・火・土・金・水」の五元素を指すが、文献上の初出は『尚書(しょうしょ)』の「洪範(こうはん)」編である。『尚書』は『書経』とも呼ばれ、堯と舜から秦の穆公(ぼくこう)までの政治を記した中国最古の経典で、58編のうちで33編は今文尚書、25編は古文尚書と呼ばれている。成立年代は明らかでないが、孔子の編集だと伝えられているが、魏・晋代の偽作とも言われている。漢時代には「尚書」と呼ばれ、宋時代には「書経」と呼ばれた。「洪範(こうはん)」は「尚書」の編につけられた名で、儒家の政治と道徳の基本理念に基づく政治哲学である。
特に禹王の定めた政治道徳は「洪範九疇」(こうはんきゅうちゅう)と称された。そこでは、五行として、「水・火・木・金・土」がこの順番に列挙されていて、それぞれの性質が記されている。「洪範」では、五行はまだ静止しているが、戦国期の陰陽家である鄒衍(すうえん)は、これを歴史の場に適用して、王朝の交代をも五行説によって理論づけた。これが中国古代の「五帝」や「五徳」(五行の威徳)に基づく「終始」(循環を意味する)説である。彼によれば、各王朝は、それぞれ五行のひとつを賦与されており、命運がつきると新王朝に取って代わられるが、その交代は必然的な理法に従っているという。
この理論を応用したのが「五行相克(そうこく)」である。この理論は、周王朝の「火徳」から秦王朝の「水徳」への王朝の移行を説明するために秦によって利用された。後に漢の劉垢(りゅうきん)によって「五行相生説」(水は木を生み、木は火を生み・・・・・)が提唱され、歴代各王朝は、相生説に従って自己の徳を定めた。たとえば、北方を異民族に奪われた南宋朝が最初の年号を建炎(炎を建てる)としたのは、宋(火徳)の再建という願いがあったからである。ちなみに、この相生説は唐代あたりから一族の命名にも使われ、一族の繁栄と永続という呪術的な意図もこめられるようになった。
「五行」とは、このように、単に5種の基本要素だけでなく、変化の中における5種の状態、運動、過程をも捉えることで、自然現象、政治体制、占い、医療など、様々な分野の背景となる性質、周期、相互作用を説明しようとする。
「木」(木行)は、木の花や葉が幹の上を覆っている立木が元となっていて、樹木の成長・発育する様子を表すから、「春」の象徴。
「火」(火行)は、光り煇く炎が元となっていて、火のような灼熱の性質を表すから「夏」の象徴。
「土」(土行)は、植物の芽が地中から発芽する様子が元となっていて、万物を育成・保護する性質を表すから「季節の変わり目」の象徴。
「金」(金行)は、土中に光り煇く鉱物・金属が元となっていて、金属のように冷徹・堅固・確実な性質を表すから収獲の季節「秋」の象徴。
「水」(水行)は、泉から涌き出て流れる水が元となっていて、これを命の泉と考え、胎内と霊性を兼ね具える性質を表すから「冬」の象徴。
四季の変化も五行の推移によって起こると考えられ、方角・色など、あらゆるものに五行が配当される。そこから、四季に対応する五行の色と四季を合わせて、青春、朱夏、白秋、玄冬といった言葉が生まれた。詩人、北原白秋の雅号は、秋の「白秋」にちなんだものである。以下に「五行」の例を挙げる。
五色:青(緑)、紅、 黄、 白、 玄(黒)。
五方:東、南、中、西、北。
五時:春、夏、土用、秋、冬。
五節句:人日、上巳、端午、七夕、重陽。
五星:歳星(木星)、 ?惑(火星)、 填星(土星)、 太白(金星)、 辰星(水星)。
五音:角、徴、宮、商、羽。
五声:呼、言、歌、哭、呻 。
五臓:肝、 心(心包)、 脾、 肺、 腎。
五情:喜、楽、怨、怒、哀。
五志:怒 喜、笑 思、慮(考)悲、憂 恐、驚。
五腑:胆、小腸、胃、大腸、膀胱。
五指:薬指、中指、人差指、親指、小指。
五官:目、舌、口、鼻、耳。
五液:涙、汗、涎(えん)(よだれ)、洟(てい)(鼻水)、唾(すい)(つば)。
五塵:色(視覚)、触(触覚)、味(味覚)、香(嗅覚)、声(聴覚)。
五味:酸、苦、甘、辛、鹹(塩辛さ)。
五虫:鱗(魚と爬虫類)、羽(鳥)、裸(ヒト)、毛(獣)、介(カメ、甲殻類と貝類)。
五獣:青竜、朱雀(すじゃく)、黄麟や黄竜、 白虎(びゃっこ)、 玄武(げんぶ)。
五畜:犬、羊、牛、鶏、猪。
五果:李、杏、棗、桃、栗。
五穀:麻(胡麻)、麦、米、黍(しょ)(きび)、大豆。
五常(五徳):仁、礼、信、義、智。
五経:楽、書、詩、礼、易。
五金:錫(青金)、 銅(赤金)、 金(黄金)、 銀(白金)、 鉄(黒金)。