はじめに
 宇宙の誕生。こんなところから始めるのは、何か特別の思惑(おもわく)があるわけではない。ただ一つ確かなこと、それはこの宇宙が存在しなければ自分も存在しなかった。これだけは絶対に確かだからである。なにしろ「神様」がこのわたしにしてくださったことなら、そこから始めなければならないだろう。そう思っただけである。だから、宗教的真理と科学的真理をふるい分けするつもりはない。ごく普通に知りえた「事実」だけを、それも自分に理解できる範囲でお伝えしたい。と同時に、それが神様がわたしにしてくださった事とどうつながるのか、「このこと」をも確認したい。こう想っただけである。これから語るのは「出来事」である。宇宙の誕生も人類の誕生も、人類の宗教体験も、わたしの聖霊体験も、とにかくそれらは出来事である。「出来事」は、どのようにも「解釈」できる。だからこれからお伝えする出来事の「解釈」のほうは、わたしの「こういう視点」からである。
 きっかけはわたしが癌で入院していた時(2012年の秋)のことである。これでイエス様のところへ行くのだと、半ば観念していた時に、不思議な主様の御臨在を覚えた。その時、人間世界をも含めて、この世界が美しく輝くのを体験したのである。不思議に怖くはなかった。逆に、神が主様を通じてなんとすばらしいことをわたしにしてくださったのだろう。こういう思いにとらわれたのである。有り難いと思った。そして、もしも生きながらえたら、このイエス様の御臨在の恵みを何とか人々に証ししたい。そういう想いに強く動かされた。その時わたしに見えたのは、教会のクリスチャンとか、キリスト教的なことではなかった。ただ、普通の人間の営みが、自然界の諸現象共々に、なんとすばらしいのだろうと、輝いていたのである。
 だからわたしがこれから願うのは、何か特別な説教や論考や教義を伝えることではない。そうではなく、ただ「神様が」このわたしにしてくださった事をそのまま普通の人に証ししたい。こういう想いに動かされただけである。実はかなり以前に、「わたしの場合」と題して、自分が福音を信じて聖霊体験へ導かれ、その後どのような歩みをたどったのかを幾つかの章に分けて語ったことがある(コイノニア会ホームページの聖書と講話欄の「わたしの場合」)。これは、人にも証しし、自分にも証しするのだから、自問自答の「書き言葉」で綴った。今回もこれにならって書き言葉で語ることにしたい。
 ところで、以下に述べることは、これすべて、ビジュアル週刊朝日『地球46億年の旅』全50冊(2014~2015年)をわたしなりに簡略化してまとめたものである。門外漢のわたしには、この方法以外に宇宙と生命の創造と進化の歴史に近づくことができなかった。ただし、このやり方にはわけがある。かつて大学に勤務していた頃、往復5時間近くある電車の中で、週刊朝日百科『日本の歴史』133冊(1986~88年)を毎号読んだことがあった。おかげで、分かりやすく新しい日本の歴史をビジュアルに知ることができた。これに味を占めて、続いて週刊朝日百科『世界の歴史』130冊(1988~91年)を購読した。これは「展望」「焦点」「人物」「生活」「技術」の五つの視点から世界の歴史を概観させてくれた。
 今回もこれにならって、朝日ビジュアルシリーズの『週刊地球46億年の旅』(1~50号)をただひたすら「まとめて」ある。このシリーズは、素人のわたしにもよく分かるビジュアルな表現と解説を通して、生命の驚くべき創造と進化について教えてくれた。地球のいたるところをハンマーで叩き回って、地質を解析し、化石を発掘し続けて、こんなにすごいことを調べ上げた科学者たちに頭が下がる。同時に、彼らが伝えてくれる知識を知らずにこの世を去るのはいかにも「もったいない」という想いを抱いた。
 今さら言うまでもないことだが、「神が創造された宇宙」という考え方から脱却することで近代が始まったことをわたしもよく知っている。これから書き記すことは、神が「このわたし」にしてくださったことを、徹頭徹尾「わたし」という人間の目で見て理解しえた範囲でのことである。だからわたしには、これらの知識を通じて、神の存在を「証明しよう」などという想いはさらにない。人が証明しなくても、神様の御業の真理は、真理それ自体が出来事としておのずから証しするのだから。人間の目で見た出来事だから、これは学問的に言えば自然科学と人文科学になる。もう少し絞るなら、生命学と人類学になる。「人類学」には自然人類学と文化人類学があり、これら両方にまたがる分野として「進化人類学」がある。しかしこの「進化人類学」も、46億年の「進化生物学」の後を追うことになるから、進化生物学から進化人類学へという流れに沿うことになる。どこまでも<人間の側から見た>視点であるから、神学や宗教学よりも、むしろ生命の進化と人類の進化を扱う「進化生物学」と「進化人類学」の分野のほうがふさわしい。
  したがって第1部では進化生物学を第2部では進化人類学を扱うことになる。神と科学、言い換えると人間の霊性と人間の知性の関係の問題は、主として第2部で扱うことになろう。特に第2部では、宗教人類学の中心概念としての 「ホモ・レリギオースゥス」(宗教する人)に焦点をあてたい。量子物理学や地質学や生物学や人類学のこれまでの進歩を見るとき、中世以来今にいたるまで続いてきた、自然科学と宗教の相克の歴史もそろそろ終わりにしなければならないと想う。言葉のほんとうの意味で「ポスト・モダン」(脱近世)にいたらなければならない時期に来ている、という想いを強くするからである。
               生命の進化へ