11章 科学と宗教の衝突
■教会と科学
 パウロはコリント教会のイエス・キリストの御霊にある一致と多様性を両立させるために、御霊の論理あるいは原理を重んじる人たちに「知識は人を高ぶらせ、愛は人の徳を建てる」と説いた。宗教であれ、思想であれ、己の主義主張だけを絶対化して、他者を迫害する「原理主義」は、5世紀末にキリスト教がローマ帝国の国教として認められると、キリスト教会中で、宗教的な知の暴力性を帯び始めることになる。ユダヤ戦争の終結後(130年頃)、キリスト教はユダヤ教から完全に独立してヘレニズム化していったと考えられているが、欧米の視点に立つこの見方は必ずしも適切ではない。キリスト教は、ヘレニズムのユダヤ人の影響をいぜん受け続けていた〔ロドニー・スターク『キリスト教とローマ帝国』龝田信子訳。新教出版社(2014年)3章「ユダヤ人宣教は成功した」〕。むしろ、共観福音書を見る限り、起こっているのは、キリスト教のヘレニズム化ではなく、キリスト教によるヘレニズムのユダヤ化なのである。キリスト教のこの成功によって、ヘレニズムの多分に人間中心の知性は、キリスト教の宗教的霊性を重んじるホモ・レリギオースゥスの支配のもとに置かれることになる。このために、ほんらいイエスの福音に具わっていた自由、何ものにもとらわれない御霊にある「知の自由」が、ホモ・レリギオースゥスがもたらす権威主義によって急速に失われていくことになる。この結果、アレクサンドリアの著名な女性の天文学者がキリスト教徒によって惨殺されるという「ヒュパティア事件」が起こった(400年)。ヘレニズムのユダヤ化の過程は、アウグスティヌスをもって一応完成するが、自由な知性への圧迫は以後も続くことになり、16世紀には、太陽や地球も宇宙全体の単なる星の一つにすぎないことを予見したジョルダーノ・ブルーノを死に追いやったのも当時のキリスト教会による「知の暴力」であり、「知の驕り」である。ブルーノの後を継いだガリレオが、己の地動説を撤回したその後で、「それでも地球は動いている」とつぶやいたのはよく知られている。
 近代では、イングランドのアイザック・ニュートンやフランスのデカルトは、近代科学の基礎を築いた人たちである。しかし彼らは、自分の科学思想がキリスト教の信仰と矛盾し対立するとは考えなかった。物理学者であり修道僧であったブレーズ・パスカルは、その瞑想集『パンセ』を著わして、人間の理性と神への信仰がなんら矛盾しないことを確認した。「人間は弱い一本の葦にすぎない。だが、それは考える葦である」というその1節は有名である。
■ガリレオの場合
 ここで16世紀から17世紀にかけて、天動説を唱えるキリスト教会と地動説を唱えるガリレオ・ガリレイが対立した場合のことを考えてみたい。現在わたしたちが知っている通り、ガリレオの地動説のほうが正しかったのだが、ここで言う「正しかった」は、地球と太陽の運行の関係についてであって、それ以上でもそれ以下のことでもない。太陽ではなく、地球のほうが太陽の周りをめぐっているという「ただそのことだけ」を説明するのに、ガリレオの科学的な方法論のほうが「正しかった」という意味である。「ただそのことだけ」と言ったが、当時これは、世界観を一変させるほどの大きな衝撃を与えた。
 わたしが「ただそのことだけ」と言ったのはわけがある。ガリレオは、自分の学説が、人間の生き方や世界観にどのような意味を持つのか、と言うことを、すなわち地動説が「わたしたち人間にとって何を意味するのか?」ということを「解き明かそう」としたのではない。あくまで太陽と地球の運行について、科学的な方法論を用いて地球の運行機能を説明しようとした<だけ>である。彼が主張したこと、あるいは主張し「たかった」ことは、自分が用いた方法論は科学的に「正しい」こと、その方法論を用いると地球が太陽の周囲を回っているという事実へ行き着くこと、「ただそのことだけ」を言いたかったのだ。だから彼は、自分の学説によって、教会の教義を否定したり、当時の人たちの生き方を形成している価値観をひっくり返そうなどとは全く考えていなかった。科学的に正しい方法を用いた結果出てきた事実、ただそれだけを伝えたかったからである。
 ところが、当時のキリスト教会のほうはそうではなかった。教会は、ガリレイの学説が、聖書の記述、特に「神が天地を創造し、太陽と月を作って地上を照らすようにした」という創世記の記述に違反すると見なして、宗教的な教義への配慮から、彼の学説を撤回するよう求めたのである。だから、ほんらいは「科学的な」学説であるのに、教会の視点からは、<人間の生き方や信仰との関連>において理解されていたことなる。ガリレオが、地球の運行という単なる物理的な「機能」だけを説明しようとしているのに対して、教会は、その機能がもたらした結果としての地球の運行が、宗教的な「人間の生き方を教える教会の教義」に違反すると批判したのである。宗教的な教義は、当時の人たちの世界観や生きるための価値観を形成する大事な意味を持っていたから、教会は、その価値観が危うくなるのを恐れて彼の学説に異を唱えたことが分かる。
■科学的「事実」の意味
 この事件は、現在ではすでに過去の出来事とされていて、そこで行なわれた論争もすでに解決済みと見なされている。けれども、科学と宗教をめぐるこの論争は、姿を変えて現在でも続いている。科学者が、物質の物理的な働き、すなわち物の働きの「機能」を科学的な方法論によって解き明かそうとするのに対して、宗教家のほうは、人間の生き方に影響する価値観や世界観と矛盾すると言ってその科学的学説を受け容れない。あるいはこれを無視する。こういう論争の構造が、今も続いている。
 もう一度16〜17世紀に戻ろう。たとえガリレオの説が正しくて、地球が太陽の周囲を運行しているとしても、地球に住むわたしたち人間にとっては、「太陽が昇って沈み、その運行に応じて昼と夜が分けられる」という「もうひとつの事実」は変わらない。このことをわたしたちは改めて確認する必要があろう。日本からヨーロッパへ、あるいはアメリカへ飛行機で飛ぶ時に、わたしたちの体は時差ぼけを免れることがでない。なぜなら、自然科学的には地球のほうが動いていても、この地上にいる「わたしたちの身体」のほうは、現在でも朝太陽が昇り夕方沈むという「天動説で」生きているからである。地動説が科学的に「正しい」としても、これによって、わたしたちの身体的な生存の条件と、これに基づく価値観が「正しくない」ことには<ならない>のである。地動説以前の文学はもとより、地動説以後でも、詩人が詩を作る時でも、文学者が物語る時でも、「太陽は昇る」し「月や星は動く」。現在の量子物理学によれば、素粒子の世界では、時間と空間がわたしたちの日常とは全く異なるようだが、21世紀の現在でも、わたしはまだ素粒子論によって書かれた詩や文学を読んだことがない。
 だから、ある意味では、わたしたちの生活や生き方では、創世記の世界のほうがむしろ「あっている」。聖書は、わたしたち人間の生存から観た天動説という<もう一つの事実>に基づいて書かれているから、地動説で聖書の「正しさ」が反故になるわけではないことが分かる。ガリレオも当時の教会も、「こういう視点」が完全に欠落していたために、現在から見ればあのような「不要な」論争が起こったことになる。だから、何が「正しい」のか、「正しくない」のかを、それぞれの分野で見極めた上でなければ、「正しさ」の基準が混乱することになる。実は、この混乱が「現在もなお」尾を引いているとわたしは見ている。
■進化論争の起こり
 わたしたちは、今回の「生命の創造と進化」の第一部で、宇宙の誕生に始まり、この地球上の46億年にわたる生命の「進化」について見てきた。「進化」"evolution"は、より正確には「分岐」の過程と呼ぶべきだが、「進化」は「進歩」"progress"とは違うから注意してほしい。人類を含めて地球上の生物は、長い時間をかけて進化してきた。日本を含む多くの国ではこの事実は常識であるが、アメリカでは必ずしもそうではないらしい。現在のアメリカでは、創世記の天地創造論が生命の進化論と今もなお対立を続けているようだ。
 この対立は、19世紀のダーウィンの『進化論』が発端となって生じた不幸な出来事である。チャールズ・ダーウィン(1809年〜82年)は、エディンバラとケンブリッジの両大学で医学と神学を学んだ後で、博物学に興味を抱き、英国海軍の測量船ビーグル号に乗って、南半球をめぐり、動植物や地質を観測した。彼はこの測量期間中に、生物の進化を確信したようで、「自然淘汰」"natural selection" と「最適者生存」"the survival of the fittest " の二つの概念を軸に『種の起原』"On the Origin of Species by Means of Natural Selection" を著わした(1859年)。
ダーウィン自身は、当初自分の進化論とキリスト教信仰が矛盾するとは考えなかった。ダーウィンは進化論の核心となる概念を「自然淘汰」"natural selection" と呼んだ。ところが、この淘汰を行なう主体としての「自然」とは「神」のことではないか?という議論がキリスト教の側から生じたのである。「ナチュラル」には、「自然が淘汰する」という淘汰の主体を表わす意味と、「自然に具わる本性の働きによって淘汰される」という生物それ自体に内在する性質を指す二重の意味が含まれている。ところが、「神」を主体とする意味合いを避けるために、ハーバート・スペンサーが「適者生存」"survival of the fitter" という概念を提起した。この用語「適者生存」をダーウィンに強く推奨したのは彼の友人であり進化論の共同者であったフレッド・ラッセル・ウォレスである。ダーウィンはウォレスの申し入れを受けて、「適者生存」を採り入れ、『種の起源』第五版(1869年)の第4章を「自然淘汰、すなわち最適者生存」"natural selection, or the survival of the fittest" と題した。「神」ではなく「自然淘汰」という含みのこの定義は、これ以後、キリスト教信仰と進化論を対立させる根本原因になる。
 しかし「適者生存」は、その主体性を特定することを回避した巧みな用語であったことを指摘しなければならない〔吉川浩滿『理不尽な進化』朝日出版(2014年)121〜23頁〕。「適者」とは強者のことではなく、優越者のことでもなく、従来と全く異なる与えられた環境に適応する異種遺伝子を<創造する>ことができたかどうかを意味するから、適者生存の「主体」はいぜん隠された謎のままである。だから、この用語は「生き残る種は適者である。ではだれが適者なのか? それは生き残った種である」のように同語反復を含むとされて、現在の生物学では用いられることがなくなり、現在では主として「自然淘汰」が用いられているようだ。進化論とキリスト教の対立は「自然淘汰」と「適者生存」の解釈をめぐる相互誤解から生じたのであり、進化論とキリスト教は、その窮極の主体性において、なんら矛盾することなく両立することができることをこの経緯は教えてくれる。
 進化論が「神の摂理」によるという主張は、キリスト教から科学的な事実への「解釈」であり、その解釈自体は科学の方法論とこれによって到達した科学的事実と<直接には>関係しない。キリスト教側からの「神の摂理」説を科学的な事実それ自体への「正しい解釈」だと主張する誤りは、すでに見てきたとおり歴史で繰り返されてきたことである。
 ところが、進化論をめぐる今回の論争では、従来にはなかったもう一つの誤りが登場することになる。それは、自然科学者の側から、キリスト教的な解釈を意図的に否定するために、進化論は「神の摂理などではなく」、「盲目的」かつ「無意味な」全くの「偶然」によるする主張が、キリスト教的な解釈に対抗して唱えられたことである。この主張は、科学的な方法論が到達した科学的な事実それ自体を「どう解釈するのか」という事実の意義付けとこの解釈による価値付けを含むから、キリスト教側からの意義づけと解釈と全く同じ意味で「的外れ」な主張である。
 実験と観察という科学的に「正しい」方法論を用いて得られた結果に基づく「事実」は、その方法論が「正しい」と認める<範囲を超えた領域で>推論したり推測したりすべきものではない。まして、科学的事実のあずかり知らぬ領域から、科学的事実を自己流の価値観で理論化してはならない。科学的に「正しい」方法論で達しえた結果が、神の摂理なのか、それとも全くの偶然なのか?その事実には、人間の生き方に対して何らかの目的が秘められているのか、それともそのような目的など一切認められない盲目的な偶発なのか? その事実は、人間にとって有益なのか、それとも有害無益なのか? このような価値意識を伴う問題は、その方法論が科学的に「正しい」かどうか、という問題にはほんらい含まれて<いない>要因なのである。それらは、科学的と言うよりは哲学的な課題であり、あるいは倫理的、宗教的な問題として扱われなければならない。
 ところが、ダーゥインが提唱した進化論をめぐっては、キリスト教側と反キリスト教側(無神論と唯物論)からの主張が衝突し合うという不幸な論争の構図ができあがった。19世紀当時、産業革命とフランス革命の影響で、イギリスには自然科学万能主義が台頭していた。マルクスとエンゲルスが起草した『共産党宣言』が出たのは1848年だから、この時代は自然科学への信仰と唯物主義が盛んな時期だった。進化論とキリスト教信仰とが対立するという主張は進化論学者とキリスト教会との双方から言い出されたのだが、どちらも真の問題点を誤解するところから、現在から見れば<奇妙な>論争が生じたことが分かる。ところが、この論争が「科学と宗教の対立」として、以後の欧米、特にアメリカにおいて大きな影響を及ぼして、おかしなことに、この論争は、21世紀初頭の現在でもまだ続いている。
 進化論学者の中には、遺伝子を含む進化の理論それ自体こそが、生命が地上に存在する「意義そのもの」だと見なして、これを「自然主義」"naturalism"に基づく進化論と呼んでいる人たちがいる。しかし、「自然が」進化をもたらすのか?「自然に」進化が生じるのか? このどちらの解釈も可能であるから、「自然主義」というこの用語は、特に日本人の場合は誤解を生じやすい。だから、わたしは、両者の立場を「無神論的な」進化論と「有神論的な」進化論のように呼ぶことにしたい。「進化」とは地球上の生命体に生じる「出来事」のことだから、出来事それ自体はどのような解釈も可能だからである。
 身近なたとえで言えば、「私」という一人の人間が生まれて現在存在しているのは、一つの出来事である。この事実は、無神論的にも有神論的にも解釈できる。私の心臓の運動も脳細胞の働きも、これらを司る細胞が、自然科学的にどのような機能を有しているのか、これを現代科学は「正しい」方法論で説き明かそうと日々努めているが、その結果得られた「科学的な事実」は、それ自体で無神論的か有神論的かを語ることは<しない>。科学的な出来事は宇宙の進化現象と同じく、そのような意義づけや価値観から中立だからである。だから、事実はどのようにでも<解釈>できる。
 現代の無神論的な進化論者たちによれば、進化は「盲目的な過程」をとるから、何の意味も持たない全くの「偶然に支配された進化と生存競争」があるだけだということになる。しかし、自然現象である進化の過程が、盲目的か有目的か、偶然か摂理かは、科学的な方法論から導き出すべき問題ではなく、まして、科学的な方法論で解決することが出来る問題ではないのである。
 聞くところでは、ケンタッキー州では、天地創造をテーマにして、進化論を否定する博物館が人気スポットになっているという。旧約聖書の創世記に書かれてある通り、神が6000年前に六日間で万物を創り上げたと信じる「キリスト教保守派」の人たちがアメリカの中南部を中心に少なくないからだそうだ〔『読売新聞』2015年6月11日(ワシントン発)中島達雄〕。こういう保守的なキリスト教徒の中には、進化論そのものを「無神論」だとして排斥したり批判したりする人たちがいる。当然のことながら、これに対抗して、進化論を唱える科学者たちの中には、生存競争による自然淘汰が「無神論的な」進化の過程であり、これこそ進化の意義それ自体だと主張する人たちが出てくることになる。どちらの側も、進化の過程それ自体を無神論か有神論かという人間生存の意義それ自体と同一視するという誤りを犯していることに気づかない。「ダーウィンの<危険な>思想」「<理不尽な>進化論」「<盲目的な>進化」、無神論的な進化論者が唱えるこれらの命題には、ほんらいの科学的な方法論とはかかわりがない価値意識が働いている。だからこれらは、「真正な」科学者の言葉ではない。後述するように、これらは「宗教する人」(ホモ・レリギオースゥス)としての発言なのである。これはガリレオがやらなかったことで、もしもガリレオが現代の進化論争を聞いたらびっくりするだろう。自然科学で論証できる進化の理論は、生物体の遺伝子の機能を解明することで、遺伝子の働きを解明しようとする。しかし、当然のことながら、遺伝子の機能の解明それ自体が、人類が地上に生存することの意義づけを与えてくれるわけではないのである。
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