15章 宗教する人(ホモ・レリギオースゥス)の特徴
■ホモ・サピエンスの出現
 約20万年前に、わたしたち現生人類のホモ・サピエンスが現われる。かつてホモ・サピエンスは地球上の複数地域で誕生したと考えられたが、そうではなく、ネアンデルタール人が主として現在のヨーロッパからインドの西部近くまで拡がっていたのに対して、ホモ・サピエンスはアフリカ大陸の西南部、現在のエジプトから南アフリカの地域に限られていた。アフリカ東北部からアラビア半島と中国から東南アジアにかけては、これら以外の古代人類が住んでいたことになる〔ウォルター『人類進化700万年の物語』6〜7頁図〕。
 ホモ・サピエンスは、ネアンデルタール人に比べて、身長と体重は変わらず、脳容積は100ccほど大きい。脳が大きい割には、手が短く脚が長く、肩幅も狭く、全身がほっそりして面立ちも華奢(きゃしゃ)に見える。ただし、指先はほっそりしていて器用で、先に指摘した通り、それまでのネアンデルタール人とは咽喉での発声の仕組みに差があった〔『地球46億年の旅』43号12〜13頁絵図〕。
 18万年前から1万5000年前まで、その間に13万年前〜10万年前の間氷期(氷河が引いた時期)を挟んで、それ以外は寒冷な氷河期だったから、ホモ・サピエンスはアフリカ南西部の限られた地域に閉じ込められていたらしい。7万5000年前に、インドネシアのトバ火山で大噴火が起こり、その際噴出した火山灰や硫黄のガスで太陽光が遮られ、人類は絶滅寸前の1万人以下にまで激減したという〔前掲書14頁〕。
 7万5000年前にブロンボス洞窟(現在の南アフリカ共和国の南端)で暮らすホモ・サピエンス親子5人と祖父の絵を見ると、火を囲んで裸で座り、母は細かなビーズの首飾りを作り、父は貝殻の上で顔料を溶き、祖父は赤い酸化鉄の破片に幾何学模様を刻んでいる。この少し後(7万2000年前)に人類は毛皮の衣服をまとうことを覚えたらしい〔前掲書17頁〕。ただし、人類が針と糸を使用して防寒具を作るのは約3万年前からである〔岩波地球全史スーパー年表〕。
■石器時代の宗教する人
 今回は、約4万年前から約5千年前までの石器時代の宗教する人を扱うことになる。4万年前の後期石器時代と共に、最終の寒冷期を生き延びたホモ・サピエンスは、その創造的な歩みを始めた。地球の温暖化は、人類に恵みをもたらし、沿岸地帯は、魚類や貝類の豊富な食料を提供し、そこに集まる動物たちをも捕獲することができた。また、森林地帯や草原は、穀物類や豆類や果実をもたらしたから、人類は、季節ごとの定住を始めるようになり、さらに環境がよい場所では、通年の定住も可能になった。旧石器時代では1〜数家族程度の共同生活であったのが、旧石器時代の後期から新石器時代になると徐々に数が増えて、1万3000年前〜1万300年前の2700年間で、複数の血縁集団が共同で暮らす「村」が現われてくる。これが後の「都市社会」へと発展することになる〔『地球46億年の旅』45号10〜11頁〕。
 定住は、当然、そこに住む人たちの土地の所有権問題を生じる。この場合、「先祖からの土地」はその所有権の重要な要因と見なされたから、各部族で祖先を祀る祖先崇拝が行なわれた。トルコのギョベリック遺跡には数百メートル四方の丘陵に巨大な石柱が、円形あるいは楕円形に林立して、石柱には人物や各部族の祖霊を表わす様々な動物が刻まれている。1940年代には、これら農耕民族から宗教が発祥したと考えられていたが、1990年代になると、同じ頃に各地で同じ様な祭儀が行なわれていたことが発見されるようになったから、2000年以降では、農耕はある一定の場所を拠点に広まったのではないと考えられるようになった。極西アジアでは、肥沃な三日月地帯各地で農耕が行なわれ、それらが次第に西アジア型へと収斂したと考えられる。祖先崇拝も、複数の部族が統合して祖先を祀ることでその地域の各部族の利害を調整していたらしい。農耕と先祖崇拝は、土地所有と結びついて、以後の都市文明への土台となる〔『地球46億年の旅』45号16〜17頁〕。
■宗教する人の特徴
 ホモ・サピエンスの知的な特徴として、主として次の4点があげられている〔『地球46億年の旅』43号13頁〕。
(1)抽象的思考:五感から得た情報をある概念(コンセプト)に置き換えることで、様々な情報を組み合わせ、より高度な解釈を与えて、そこから新たな価値を創造する。
(2)計画的な行動:事前に計画を立て、難しい作業を可能にする。これによって、長距離の交易や海産資源の活用、農耕の年間計画による食糧確保を可能にした。
(3)発案と発明:言語によって概念を具体化し、寒冷に適応するために毛皮の衣服を作り、船の建造や農業や武器を開発することができる。
(4)象徴化と伝達:出来事の情報や、知覚体験、思考と想像を象徴(シンボル)化することで、表象によって身体を装飾し、音や声の変化による音声を象徴化し、これらを記憶して他者あるいは後の世代に伝達することができる。
 このようなホモ・サピエンスの特性を踏まえた上で、新たな段階に到達したホモ・レリギオースゥス(宗教する人)を以下のように特徴づけることができよう〔ミルチア・エリアーデ『聖と俗』風間敏夫訳(法政大学出版局:1969年)。原文はドイツ語で1957年〕。
 エリアーデは、その『聖と俗』において、「ホモ・レリギオースゥス」に論及しつつその特徴を列挙している〔エリアーデ前掲書7〜8頁〕。「人間は生まれながらにしてキリスト教徒」(homo naturaliter Christianus)という言葉があるが、これは「宗教する人」としての人類を、その最高の段階において肯定的に定義しようとするもので、「宗教する人」としてのホモ・レリギオースゥスは、このように美化し理想化できる存在からはほど遠く、むしろ「恐怖の感情」や「恐ろしい神秘」や「魅惑する神秘」に満ちており、「敬虔な恐怖」を呼び覚ますと言うほうが適切である〔エリアーデ前掲書2頁〕。
〔太母〕
 石器時代の人類の宗教性を現わす最も原初的な姿は、"The Great Mother" と呼ばれる「太母」(たいも)、すなわち聖なる母性像である。ただし、それは現在のわたしたちが想い描く母性とは全く異なる。「母体」は、動植物を含むすべてのものがそこから生まれ、再びそこへ戻る生と死の象徴だからである。それは生命の善い面(慈母)"Good Mother"と同時に恐るべき面(鬼母)"Terrible Mother"をも含むから、天地も男女も親子も善悪も一切を飲み込む「ウロボロス」(自分の尾をくわえる蛇で表象される)から発する世界像を意味する。
 石器時代の聖なる太母像は乳房と腹部と子宮で成り立つ。母体の上部(口)は天(月)を指し、乳房は泉(井戸)や樹木を指し、腹部から豚、貝、いか、ざくろ、果実などの豊饒が生まれる。子宮は地下の世界(夜と闇)と地上の世界の境界であり、大地と海とが出合う場所である。このように母体全体が世界の「容器」の表象であり、そこから転じて住居、村、都市、城壁を現わす表象となる〔エリッヒ・ノイマン『グレート・マザー』37頁/61頁〕。
  太母や女性の聖性など「聖なるもの」への概念は農耕民族の間で発達したが、「聖なるもの」それ自体は、人類の狩猟段階と農耕段階に共通する歴史による。狩猟民も農耕民もどちらも「聖化された宇宙」の中で生活する「宗教する人」として、動物界や植物界に顕現する様々な聖性の中に存在していた。最古の宗教する人にとって、動物と人間は相互に入れ替わることができたから、先祖を産みだしたカミやカミガミは、しばしば動物の姿を採る。例えば、フィジー諸島では、人は「ダクワンガ」と呼ばれるサメの姿のカミと入れ替わる〔橋本和也『キリスト教と植民地経験:フィジーにおける多元的世界観』107頁〕。
〔聖なる空間〕
 「宗教する人」とは「聖なる空間」の発見者である。人類にとって、「自然」はただの自然ではなく、宇宙も自然も宗教的な意味に満ちている。人類の最も原初的な宗教体験は「世界の創建」という姿を採る。混沌(カオス)に満ちた均質な空間の茫漠とした無限の広がりに置かれて、何の目印も存在しない世界の中で人が生きていくためには、「自分の世界」を創建しなければならない。宇宙は、ただそこにあるだけでなく、それ自体で生命を有する存在として働きかける一つの絶対的な「固定点」、一つの「中心」となる聖なる場を人に顕現しなければならない(オントファニー)。そこは同時に、宇宙と自然がその「聖性」を顕わす場でもある(ヒェロファニー)。その時、宇宙はカミの創造となり、世界はカミガミの手に成ったことが顕示される。世界が、そういう「聖なるものの創造物」と成ることで初めて、人は「ホモ・レリギオースゥス」(宗教する人)として初めて「現に存在できる」ものとなる。こういう「聖なる空間」を必要とするのは、人が「宗教する人」だからである。聖なる空間は、もはやカオス(混沌)ではなく、秩序を具えたコスモス(世界)である〔エリアーデ『聖と俗』12〜15頁〕。現代人は、俗なる空間に対置されるこのような聖なる空間を見失っているが、人はほんらい宗教する人である以上、完全に「俗なる生活」にある生存などということはありえない。
 ホモ・レリギオーサスは、均質な俗の空間と自己の聖なる空間との間に裂け目を造り、そこを境界として、一つの存在様式から別の存在様式へと「移行する」ことによって、「聖」と「俗」とが交流する場を創造する。宗教する人を取り巻く混沌への恐怖と、虚無に対する恐怖は、宗教する人と密接に関係するから、宗教する人にとって、自己を空間の中に位置づける決断は、つねに宗教的決断である。自己の住む世界を創造する決断は、混沌を「宇宙化し」、自己の小さな空間をカミガミの世界に似せて創設しようとする。
 こういう「聖なる空間」に抱かれて生活したいと願う宗教する人は、カミガミの働きによって再現された聖なる空間を祭儀によって建立することで、虚妄の世界ではなく確固とした現実に立ちたいと願う。宗教する人はこの「聖なるわたしたちの世界」と「俗なる別の世界」とを区別する。聖と俗との二つ空間を仕切るのが、その空間を形成する「戸口」であり「敷居」である。家の戸口あるいは敷居は、洋の東西を問わず、自己の「聖なる空間」とよその空間を区切る境界として重視されてきた。もしもその聖なる空間の内側に「よそ者」が住んでいる場合には、彼らを征服するか抹消しなければならない。宗教する人にとって、「わたしたちの世界」でないものは、そもそも「世界」ではないからである。このような聖性の空間化のためには、その場を「浄化」しなければならない。聖なる柱と聖なる山と聖なる建物、聖なる都(みやこ)の建設がこのようにして始まる〔エリアーデ『聖と俗』21〜24頁〕。
〔犠牲の供犠〕
 シャーマンは、恍惚状態に入る前に動物の鳴き声の真似をする。山や動物や樹木に聖性を見出すアニミズム的な行為はシャーマンによって行なわれる。それは堕落以前の楽園への回帰志向である。聖なる建築を通して宇宙を創造するためには、混沌の蛇を退治しなければならない。聖なる空間を破壊するものはカオス(混沌の竜)であり、闖(ちん)入する破壊者への勝利は竜を退治したカミガミの模範的な行為とされて、宗教する人はこれを再現しようとする。彼は、カミガミの行為を模倣することによって、超人的な英雄となることができるから、供犠のための血にまみれた行為も、太初のカミの行為にその正当化を見出す〔エリアーデ前掲書92頁〕。したがって、聖なる空間の創設には、人身御供を含む血まみれの様々な形の犠牲が伴う〔エリアーデ前掲書40〜41頁/48〜49頁〕。神話の原初には何らかの犠牲行為としての殺人がある。ニューギニア島の東部、インドネシアのセラム島に伝わるハイヌウェレ神話では、乙女ハイヌウェレが男たちに犯されて犠牲として殺されることで宝をもたらす女神に変身する〔イェンゼン『殺された女神』54〜60頁〕。ギリシアのエレフシスに遺る聖地には、豊饒をもたらすために犠牲とされた乙女ペルセポネーと母デメーテールのエレウシス祭儀の跡が遺されている(これは略奪婚の表象かもしれない)〔ケレーニイ『神話学入門』147〜48頁〕〔ジラール『暴力と聖なるもの』56〜58頁参照〕。日本でも瓜子姫伝説があることを猪野文子氏が伝えている。世界各地の神話は様々な犠牲の儀礼を伝えているが、この場合、個人としての記憶は何の役割も持たない。重要なのは、創設の原初に生じた神話の出来事だけである〔エリアーデ『聖と俗』94頁〕。
〔聖なる時間〕
 宗教する人にとっては、時間も均質で恒常ではない。周期的な「祭りの時」の到来によって、人は俗の時間から聖なる時間へ移行する。この意味で、聖なる時間は本質的に可逆的である。なぜなら聖なる時間は神話の原初の時間の再現にほかならないからである。カミガミが創造を行なった時、カミガミは同時に祭りにおける「聖なる時」をも創始したのだ(59〜60頁)。だから祭りは「大初の時」を再演する。この聖なる時間は際限なく繰り返すことができ「過ぎ去る」ことがない。常に同一の聖なる時間へ回帰することで、時間が「浄化され」、その度に新たに創造される。人は祭りにおいて、根源の出来事、すなわち大初の時に現実化した聖なる出来事に立ち帰るのである。カミガミがその出来事を創造した時に、カミガミは同時に「聖なる時間」をも創造したからである。
 宗教する人は、このようにして、神が現在する太初の完全性へ回帰したいと願う。未開社会の神話的人間は、永遠回帰の神話に麻痺し、周期的な回帰によって自己の存在を保証されたいと願うからである。この意味で、宗教する人は非宗教的人間(俗の人)と、時間に対する姿勢において区別される。彼は、俗の人の想い描く「歴史の現在」の中に入ることを拒否し、「永遠性」と同一視される聖なる時間との結びつきを追い求める。聖と俗の時間は、それぞれに「起源が異なる」のである〔エリアーデ前掲書61頁〕。
 宗教する人は俗の時間の中で繰り返し聖なる起源の時を発見する。神話の永遠性だけが俗の時間を持続させることを可能にする。神の聖婚が人間の男女の結びを可能にし、祭儀的でない男女の結合は俗なる時間の営みになる。聖なる時間だけが、歴史の中の生存を基礎づけるからである。だから俗なる時間からの周期的な脱出は、宗教する人の全存在に影響する。しかし、宗教する人の聖なる時間は俗なる時間の進歩や創造性を必ずしも妨げるものではない〔エリアーデ前掲書81頁〕。
〔人食〕
 宗教する人が超越性を具える人間存在をひとつの「典型」として引き受けようとするのは、その昔文化を開いた英雄的な先祖を模倣しようとするからである。こうして彼は、世俗から脱出して神的な典型に近づこうとする。彼は、ただ神話の教えに則(のっと)ることによってのみ、すなわち神々を模倣することを通じてのみ、「真の人間」となる〔エリアーデ前掲書92頁〕。このためには血なまぐさい供犠を行ない、大量の殺戮をも辞さない。犠牲となった体は「神の体」であり、それは食物に変じ、その魂は地下に降って死者の国を治める。
 人食いの儀礼が登場するのはこの段階である。だから人食いは、決して最古の原始人の自然な振る舞いではなく、すでに文化的な段階に達した場合に生じる。産まざる女と殺さざる男は価値を持たないのだ〔エリアーデ前掲書95頁〕。このような「神の真似」は、牧歌的ではなく、恐ろしい人間の責任を含んでいるが、最悪の振舞い最大の邪道も超人的な神的模範を持っていると見なされる〔エリアーデ前掲書96頁〕。それゆえ狂気、破廉恥、犯罪の行動も、彼には神々の模倣なのである。
〔儀礼〕
 原始人としての宗教する人が、自分を自然から区別する段階にはいないと考えるのは誤りである。なるほど彼は、自分の行為が宇宙的な象徴によって新しい価値を「付加的に」受け取る。だからと言って、それによって、妻であれ、道具であれ、自然現象であれ、ほんらいの現実の直接的な価値が損なわれることはない〔エリアーデ前掲書156頁〕。ただし、宗教する人は、人体と宇宙を対応させる。両眼と日月、頭蓋と満月、骨と石、毛髪と草、子宮と洞窟、腸と迷宮、呼吸と機織りなどが対応する。人間と宇宙のこのような相応関係は、インド、中国、古代オリエント、中央アメリカで完全な発達を遂げることになった。
 宗教する人は、宇宙的体験を神聖なものとして受け取るから、これらを体験する人体の生理機能が秘跡になりえる。このために食物も性生活も祭儀化する。結婚は生理的行為としてではなく、配偶者は人間的な存在から離れて、タントラ文献が繰り返すように、解放された肉体が変質する。こうして、すべての人間的な体験は、異質な超人間的な地平に移行するから、諸器官と生理的生活の「浄化」は、あらゆる古代文明において確認できる。結婚と処女性の結びつきもこれによって生じた〔エリアーデ前掲書160〜61頁〕。
 宗教する人にとって、身体と住居と宇宙とは三位一体である。誕生、結婚、死去に伴う儀礼は、新入の儀礼ともなる。宗教する人にとって、自然の生存に置かれただけでは人間はまだ完成されてはいない。移行儀礼によって、試練と象徴的な死とよみがえりを含む加入の儀礼が宗教する人の理想を表現する。この神秘を経験した人間は智者となる。しかし現代では、身体も住居も、もはや何の象徴的な意味も持たないものになっているから、人間と神と歴史の複合体の中に宇宙の入り込む余地がなくなっていると言える〔エリアーデ前掲書168〜69頁〕。
■狩猟民族の宗教
 5万年前以降の宗教を知るためには現存する狩猟民族の儀礼を知るしか方法がない。狩猟採集民の生活様式は、この5万年間、比較的変容することなく保持されている場合がある。アメリカ北西部の沿岸に住むクラマス族とモードック族がそれである。彼らは自分たちの神話を特定の三人のいる前でしか決して語らない。三人がその神話を知っていて、語られる内容が正確かどうかを確認し合うためである。その神話は子供には聞かせない。子供は神話を歪めるからである。オーストラリアのアボリジニも長らく孤立していたから、初期人類の直系であり、4万5千年前にオーストラリアに定住したまま、外敵をすべて撃退してきた。だから彼らの宗教は、人類の最初期の伝統を残している。
 同様に長い孤立を保ってきた古い宗教を保持するのは、インドのベンガル湾内にあるアンダマン諸島の人たちである。この島はミャンマーの沿岸から200キロほど離れている。古来船乗りたちの間で恐ろしいうわさがあり、島の沖合で沈没した船乗りたちがアンダマン諸島へたどり着くと、人々は彼らを皆殺しにして、その魂が島民に取り憑かないように死体を焼くというのだ。アフリカ南部のカラハリ砂漠には、クン・サン族が狩猟採集民として孤立した生活を保持してきた。
 これらの太古からの狩猟民の宗教には、次の4つの特徴が共通する〔ウェイド『宗教を生み出す本能』114〜115頁〕。
(1)共同体全体が同じように宗教を実践し、聖職者階級も制度も存在しない。したがって、メンバー全員の間に宗教的な序列がない。
(2)歌や舞踏を伴うリズミカルな身体運動が、長時間続き、全員が同じリズムに合わせて踊り、これによって一体感を味わう。この儀礼は個人の内面性にかかわるものではなく、共同体全体の活動として要求される。
(3)宗教は神話によって伝えられるが、その内容は、生活において実践するよりも儀礼や儀式と一体化している。
(4)通過儀礼は、治療や狩猟や天候のコントロールのためなど生存に関わるもものに限られる。これによって、反目する者同士をなだめ、関係を修復させ、集団の結束を維持する。
■ヒーリング・ダンス
 アフリカのカラハリ砂漠のクン・サン族のニャエ・ニャエ・クン部族が実践している踊りには、部族の全員が参加する。この踊りは、患者を治療するための観念や身振りを取り込んでいるために、人類学者によって「ヒーリング・ダンス」と名づけられた〔ウェイド前掲書115〜120頁〕。治療と言うのは、個人の場合よりも共同体全体を治療するためのものである。ダンスの際の音は、数多くある舌打ち音の中から音を発して行なわれる。舌打ち音は、隣の集団と緊張関係にある時、狩りの成功、獲物の肉が配られた後、祝いの時などの興奮を表わす。
 ダンスは身体運動と音楽と歌の複雑な組み合わせで、身体的にも精神的にも負担が大きい。男性の多くは、薬物なしで自然にトランス状態に陥る。舞踏は夕食後夜9時頃から始まる。火のついた枝を持つ女性が、舞踏の場の中心にたき火を起こすと、始まりの合図である。女性たちは火を囲んで互いに肩を寄せ合い、膝をくっつけて座る。舞踏のために特別の衣装はない。彼女たちは大きな高い声で歌い出す。
 男性たちは女性の周りを囲んで踊り始める。輪になって歌う女性は、地を踏みつける男性の足に合わせて手拍子を始める。男性の足と女性の手拍子には、ふた種類のリズムが組み合わせてある。彼らの足には、蛾のまゆから蛹を抜き取り、小石やダチョウの卵のかけらを入れて、それらを80〜90個ほどつないだ1メートルくらいの長い紐が巻き付けられている。だから男性の踊りの足から柔らかな音が鳴り響く。女性の声と男性の声が混ざり合い、歌に合わせて、四弦の楽器や狩猟の弓が鳴らされる。
 一回の舞踏は10〜15分ほどで、合間に短い休息がある。男性は女性の輪の中を出入りしたり、8の数字の形に回る。舞踏が始まって1〜2時間経つと、男性がトランス状態になりはじめる。舞踏が激しくなるにつれて、深いトランスに陥り、呼吸が荒くなり、体を震わせ、何かを凝視する様子をする。男性は頭をのけぞらせて「殺される」と叫ぶことがあるらしい。こうして、毒蛇を踏んだり豹に襲われたりする際の死霊との闘いが続く。神と死霊と闘った後は、治療者のトランスは深まる。彼らは身もだえしたり、火の中に飛び込んだりして、女性に引きずり出される。トランスが深まると彼らは意識を失う。その間も歌と踊りが続く。このようなトランス踊りは、共同体を悪の力から護り、全体で悪霊を追い払うためのものである。ウェイドはさらに、オーストラリアのアボリジニに伝わる儀礼、少年が成人に到達するための何ヶ月にもわたる通過儀礼を紹介しているが、ここでは控える〔ウェイド前掲書124〜128頁〕。
■原始宗教の三大要素
 クン・サン族やアンダマン諸島やアボリジニの原始宗教には、共通する特徴がある。宗教が部族の生活の大きな部分を占めている。宗教は歌うことと踊ることで実践され、興奮とトランスをもたらす夜通しの儀礼として行なわれる。儀礼の目的は、共同体を結束させ、強固にすることである。このような共通性は、三つの部族がそれぞれに異なった状況で宗教を発展させてきたのではなく、5万年前の人類の宗教が受け継がれてきていることを示唆する。人々は、儀礼によって聖なる物語と道義を確認し、戦闘に備えて士気を高めるのである。
 こういう狩猟民の宗教を掘り起こしたのは社会人類学者たちの努力によるところが大きい。ただしこのことは、宗教学者の間では、宗教がその発達と変遷共々に、人類の進化と深く関わりがあることに気づいた研究者がごく少数だったことを示している。これには、19世紀半ばのダーウィンの進化論とこれにまつわる論争が関係しているのかもしれない。呪術的な宗教や神話をより知的な自然科学への前段階と見なすことで、人類は、原始の呪術から階段を登るように科学的な思考へと「進歩」を遂げたと考える傾向があったからである〔ウェイド前掲書134頁〕。
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