23章 黙示思想
■黙示思想
〔黙示の様式〕「黙示」はギリシア語で「アポカリュプシス」(英語で“apocalypse”)で、これは「啓示」を指す用語である。ちなみに新約聖書では、「イエス・キリストのアポカリュプシス」(ガラテヤ1章12節)とあるが。「イエス・キリストのアポカリュプシス」はヨハネ黙示録の冒頭にもでてくる。これを「ヨハネの受けた啓示」と訳してもいいが、ヨハネ黙示録の啓示の様式は、新約聖書の他の文書と比べて特殊な様式の「啓示」であるから、この文書で語られる啓示の様式を他の場合と区別して「黙示」と呼ぶことになった。「啓示」とは、神が人に神ご自身を、あるいは霊的な真相を顕わす場合を言うが、「黙示」は、これよりも狭い意味で、ヨハネに与えられた「黙示」のような特殊な形式の啓示を意味する〔織田昭『新約聖書ギリシア語小辞典』61頁〕。
 ヨハネ黙示録の啓示は、天使を仲介として終末あるいはそこにいたるまでの隠されていた出来事を人の目に見える幻として現わしているので、このような様式を「黙示文学」と言う。だからギリシア語の原語には、ほんらい「啓示」と「黙示」の区別はない。これを区別したのはラテンの教会で、ヒエロニュムスのラテン語訳聖書(ウルガタ)で、同じギリシア語を「啓示」(revelatio)と「黙示」(apocalypsis)とに訳し分けている〔英語では“revelation”(啓示)と“apocalypse”(黙示)〕。だから英語の“apocalypse”は「黙示」の意味で用いられることが多いが、「啓示」の意味でも用いられる。
〔黙示文書〕黙示の様式それ自体はダニエル書に始まるのではなく、それ以前に、すでにイザヤ24〜27章(前560〜550年頃)は、「イザヤの黙示」と呼ばれている。イザヤ60〜62章(前515年前後)は、第三イザヤの一部であるが、これにも黙示的な描写がでてくる。先に見たように、ゼカリヤ書にも黙示的な幻がでてくる。しかし、正典の黙示文学としては、ダニエル書(前2世紀)が代表的である。ダニエル書に続いて『第一エノク書』(『エチオピア語エノク書』)があある。これは、アラム語からエチオピア語に訳されたと見られている。アラム語原本は、前450年頃?から前100年頃にいたるまでの諸文書を含んでいる。その他、『スラヴ語エノク書』(『第二エノク書』)とも呼ばれるものがあり、原本はギリシア語で前1世紀である。『シビュラの託宣』は、その断片と第3〜5巻で構成され、複数の著者によるもので、第3巻目は前140年頃、第4巻目は紀元後80年頃、第5巻目は後130年頃である。新共同訳の続編にあるラテン語エズラ記は、後1世紀末頃に成立した。これの原本はヘブライ語で、その3〜14章までは『第四エズラ記』と呼ばれている(これの1〜2章と15〜16章は後のキリスト教の加筆)。『シリア語バルク黙示録』の原本はギリシア語/ヘブライ語で、これらのほかに黙示思想の流れを汲むものとしては、死海写本と呼ばれるクムラン宗団の文書群(前175年?〜前40年?)の中にある『ダマスコ文書』や『戦いの書』がある。これらの原本の成立は紀元後2〜3世紀頃である。
 以上はユダヤ教の黙示文学であるが、これとは別にキリスト教の黙示文学も多くある。それらの原本はギリシア語で、主なものでは、マルコ13章が「小黙示録」(65〜70年頃)と呼ばれている。次いでヨハネ黙示録(1世紀末頃)があり、『預言者イザヤの殉教と昇天』(1〜2世紀頃)がある(前半はユダヤ教の文書で、後半はキリスト教起源)。『ペテロの黙示録』(2世紀前半)もあり、『パウロの黙示録』(4世紀末)などもある。
〔知恵から黙示へ〕
 黙示思想がイスラエルの知恵思想から生まれたという指摘は、すでに19世紀から20世紀の初頭にかけて指摘されていた。しかし20世紀後半になって、改めて知恵思想と黙示思想との関係に目を向けたのは、フォン・ラートである〔フォン・ラート『旧約聖書神学』(U)410〜18頁〕。彼は、黙示文学において展開されている天文や天体など「宇宙の歴史」に関わる広範な知識に注目した。ラートはそこに、ソロモンの時代に盛んになった天文学、動植物学、心霊学、薬学などの広範囲な知識とこれに基づく知恵思想が、黙示文学(例えば『エチオピア語エノク書』)にも受け継がれているのを見出した。彼は、黙示文学に現われている「宇宙の秩序づけ」とこれに基づく終末論は、イスラエルの知恵の伝統、すなわちその「ペシェル」(比喩/教え/問いかけ/謎の解釈)によらなければ不可能であることを洞察している。ラートは「黙示文学は明らかに知恵の伝承の中に根を持つ」ことを見抜いたのである。「なぜなら黙示文学は究極の世界の秘密のカーテンを開くからである。つまり『解釈』(ペシェル)」である〔フォン・ラート『旧約聖書神学』U414頁〕。だから黙示文学は、ダニエル書や『第一エノク書』などでは、預言書よりもむしろ「知恵の人」と結びついている。
 ダニエル書のような黙示文学は、イスラエルの預言の伝統よりも、むしろ知恵とエノク伝承に深く関わっている。そこには、イスラエル民族を中心とした救済史だけでなく、宇宙の歴史というより広範な世界領域への洞察が秘められている。預言者たちの伝統的な救済史に代わって、ダニエルの二つの幻のような専制国家の世界帝国が現われ、これを導く神の摂理が啓示される。イスラエルの歴史の代わりに、世界帝国を導く神のみ手が顕われる。出エジプト体験に基づくイスラエルの救済ではなく、「天の雲に乗って」全世界に来臨する人の子による終末的救済が啓示される。
 かつてイスラエルは、主の御前に正しく歩むことによって、主からの契約を信じて救いを待ち望むことができた。ヤハウェの導きは、人の予想をはるかに超えた力として、その時々に啓示されてきた。しかし歴史はもはや、イスラエルがヤハウェを体験する場ではなくなった。極端に言えば、黙示思想においては、世界の歴史の流れは初めから確定しているからである。人間はヤハウェの前に、歴史においてその責任を負うことで、信仰によって「実存的に」生きるのではなく、全く異なる二つの世界の狭間におかれることになる。こうして救済史は、完全に人間の手を離れて、ただ神の自由のもとに置かれることになった。ヤハウェはもはや、人間の悔い改めによって心を変える神ではないことになる。
 「知恵」はすでに、「太初(たいしょ)、大地に先立って」存在していた(箴言8章22節以下)。コヘレトの言葉の作者は、「何事にも時があり、天の下の出来事には、すべて定められた時がある」(3章1節)ことを知った。「神はすべての物事をその時にかなうように創り、人間に過去と未来に対する感覚を与えたけれども、神の御業をその初めから終わりまで見極めることは許さない」のである(コヘレト3章11節)。「ここにも黙示文学と知恵との関連性を把握する必要があろう」〔フォン・ラート『旧約聖書神学』(U)413頁〕。
 知恵と黙示との関係についてのラートの見解とは幾分異なる見方もある。ヘルムート・ケスターは、知恵伝承の制度化がソロモンの時代に始まったこと、そしてこの知恵が、伝承的に神からの啓示を源としていると指摘し、彼も「知恵神学の始まりは、黙示思想の発生と密接に関係している」ことを認めている〔ケスター『新約聖書概説』(上)324頁〕。しかしケスターは、黙示文学と知恵とは、「双子の姉妹のように」並行して別々に現われたと見る〔ケスター前掲書〕。彼は、「知恵」を「きわめて実用的な利益のため」で「職業上の知識」として役立てるためのものだと見るからである。これに対して、黙示思想においては、知恵は啓示を通してのみ顕わされると彼は言う。それは、幻や夢や恍惚が開示する秘義である。黙示思想では、知恵は神話の言語によって語られる。だからケスターは、世俗の実用的な知恵と黙示文学に現われる秘義や宇宙的な天文学とを結びつけることができない。ただしケスターは、知恵のヘレニズム化によって、イスラエルの知恵が「個人化」したこと、さらに黙示思想が、後にエッセネ派(クムラン宗団を含む)とファリサイ派とキリスト教とグノーシスとに枝分かれしていったことを指摘している〔ケスター前掲書311頁〕。ケスターによれば、初期キリスト教は、このような黙示から、その神話論的な特徴を受け継いだことになる。
 イスラエルの「知恵」は、偏狭な民族主義に閉じこもっていては問題が解決しないことを洞察した。そこからコヘレトの言葉やヨブ記や箴言や知恵の書が生まれた。知恵は神のもので、この知恵はユダヤ民族に律法(トーラー)として与えられたと見なされるようになる。神はアブラハムと契約を結ぶ前にノアに代表される人類と契約を結んだのである。
 黙示文学では、啓示は象徴的な言語で語られ、同時に天体を中心とする宇宙あるいは自然に対する正確な知識が重んじられる。この知恵と知識を理解する人が「義人」と呼ばれ、しばしば「知者」「賢者」と言われ、その知識は「知恵」として尊ばれる。イスラエルの知恵思想はメソポタミアの天文学に接して、そこから堕天使論などが生まれることになるから、黙示文学を孤立的に扱うことをせず、知恵文学と並行して考え、両者が同じ根から出ていることを突き止めなければならない。「トーラー(モーセ五書)と黙示思想と知恵思想は相互に密接に関連し合っている」からである〔ケスター前掲書324頁〕。
 知恵と黙示のこのような関係について、諸説を整理し、改めて知恵思想と黙示思想を区別しながら結びつけようとしたのがコリンズの論文「知恵と黙示、その発祥の相互関係」である〔Collins 165〜85.〕。コリンズはこの論文で、「知恵」と「黙示」の関係を明確にするためには、用語の定義、特に「知恵」をどのように定義するかを明確にしなければならないと考え、「知恵」を以下の5つの意味に分けている。
(1)知恵の諺や格言(例えば箴言10〜30章)。
(2)神学的あるいは思想的な知恵(例えば箴言8章やヨブ記)。
(3)自然についての知恵(例えばヨブ記38〜41章)。
(4)霊能的な知恵(例えば預言や夢解釈)。
(5)黙示的な啓示を含む高度な知恵(例えばダニエル書や『第一エノク書』に出てくる「人の子」のような超自然的な存在や死後の世界、最後の審判や天の巻物など)。
 このように分類した上で、コリンズは、知恵と区別される黙示の特徴をつぎの3点にまとめている。
(i)超自然的な世界の重要性と人間世界への超自然的な天使などの介入。
(ii)終末的な裁きと死を超えた世界での報酬あるいは罰。
(iii)この世が根本的に悪であるという認識。
 こうしてコリンズは、先にあげた知恵の分類の(1)〜(3)に属する知恵を処世のための知恵あるいは自然への知識として、これを(4)〜(5)の知恵、特に黙示的な知恵と区別する。しかしわたしの見るところでは、「知恵」の領域と「黙示」の領域は、必ずしもこのように判然とは区別できない。先に指摘したように、箴言の諺も単なる処世訓ではなく、ヤハウェの御霊にある洞察に裏打ちされているからである。この点は、後に、イエスの知恵について考える時に、とても重要である。「蛇のように賢く、鳩のように素直になりなさい」(マタイ10章16節)というイエスの言葉は、当時の諺からでていると思われるが、イエスがこれを単なる処世訓として用いているのでないのは明らかである。だから、ここに掲げられた分類は、知恵の種類や区別というよりも、むしろ知恵が、黙示的な啓示へと、段階を追って移行し高められていくその過程を示していると見るほうがより適切であろう。
〔ヨブ記と原黙示〕
 先にあげたケスターもコリンズも、知恵思想と黙示思想とを比較して、その共通性と同時にそれらの特徴の違いを指摘した。しかしどちらも、ラートが提起した問題、黙示思想の起源それ自体はどこからか? という問いに十分に答えているとは言えない。黙示思想の発生の由来それ自体を追求しているのが、クロスである。彼は、イスラエルの知恵の発生の起源を古代バビロニアの神話とこの流れを汲むカナンの神話に求めている。イスラエルの王政の末期から捕囚期にかけて、預言は衰退して変質し、王政への理念は後退し、古代からの知恵の役割も変容した。クロスによれば、これらの要因が相互に働いて「原黙示」が生み出されることになる(その起源は前6世紀)。
 預言者たちは、王の託宣、戦争、王と民に向けられる主の審判に関わる政治・宗教的な役割を担っていた。しかし、王権の衰微と同時にその預言活動も衰退し、前6世紀には、それまでの祭司制度に基づく契約思想とヤハウェへの服従/不服従に由来する祝福と呪いの神学は、もはや歴史的な有効性を失っていたのである。黙示の起源は、イスラエルの捕囚期後に、申命記史家たち(捕囚前期のユダ王国から捕囚期と捕囚後期にかけて、申命記から列王記下までを編集したとされる歴史家たち)とゼカリヤ書と第三イザヤ(捕囚後にイザヤ預言を編集した人物)などの作者たちが提起した問題にも現われている。すなわち「生き残った者たち」、ヤハウェによって厳選された「選びの民」思想である。クロスは、そこに原黙示の発生を見た。
 ヨブ記がいつ頃書かれたかについては、前600年頃から前200年代まで諸説がある。しかし、著者が生きていた時代は、捕囚以後のペルシア時代で、前5世紀半ばから4世紀の間と見るのが妥当なようである。とすれば、ヨブ記の成立は、箴言とほぼ同じか、やや後の時期になろう。ヨブとその苦難の意義については様々な考察が加えられているが、ここではそのことには触れない。ただし、ヨブの苦難は明らかにイスラエルが体験した「民族の虐殺」とこれに続く捕囚という過酷な体験を反映しているのは間違いない(ヨブ3章)。知恵は、物事を認識するだけでなく、その認識を伝達することもまた、知恵の大事な働きである〔Perdue 74〕。だからヨブ記は、これを民族的な体験としてではなく、ヨブ個人の問題として提示する。ヨブは神に自分が被った過酷な苦難に値する罪を犯してはいないと訴える。これに対する友人たちの答えは、伝統的なイスラエルの価値観、神は正しいものを祝福し、悪を行なうものを罰する、罪を悔い改めて神に帰るなら、神はその人を受け容れてくださる、という価値観を語りつづけるばかりである。ただしエリファズの洞察はさらに深く、彼は民族を襲った「歴史の恐怖」の前に、人間は神の前に正しくはありえないことを自覚している(ヨブ4章12〜21節)。しかしヨブは、そのような忠告を受け容れない。彼は自分一人の内に閉じこもって、自分に課せられた過酷な運命にひたすら耐える。
 現代風に言えば「信仰オタク」に近い?このヨブに向かって、神は大自然の不思議と神秘を展開して見せる。しかしこれではヨブの問いに対する答えにはならない。逆に神はヨブへの答えを拒否しているようにも見える。ただしここで注意したいのは、こういう宇宙と大自然の不思議な業が展開されていくその過程において、創造の神がヨブの眼前に顕われてくることである。ヨブの眼前に広がる神秘な宇宙は、ヨブ個人の苦しみなどは全く関知しないかのようである。神は雷と稲妻のバアル〔クロスによれば最古のヤハウェ像はここから出ている〕の言葉でヨブに答える(ヨブ37章4〜5節)。彼にとっては、歴史は神の摂理ではなく「謎」となった。
 神はヨブに語る。「何者か、(神の)知恵を暗くするこの者は。知識もないのに言葉を重ねて」(ヨブ38章2節。新共同訳で「経綸」と訳されている原語は「知恵」をも意味する)。神はここで、被造物の身でありながら、創造主なる「神の知恵」について不遜な批判を重ねるヨブを叱る。世界を支配する神の知恵は、人知がとうてい及ばないところにあることをヨブは思い知らされる。彼は、自分が「溶解して無に帰し」「虚無の深淵に沈む」のを覚える〔有賀『ヨブ記』78頁〕。「ヨブは、神が人間理性を完全に超えた全くの他者として、世界及び人類の創造者・支配者として、彼の存在を圧倒し、彼の被造性を暴露したもうた。その時初めて、ヨブは自分のプロテストの根本的な誤りを悟った。
 ここにはかつてイスラエルの預言者たちが知っていた「神の時」、その時々に、イスラエルの民を導き、あるいは救い、あるいは罰し、あるいは赦し、あるいは裁く「神の時」は見えてこない。これとは全く異なる「神の時」が顕われてくる。コヘレトの知恵は、このことを「裁きの座に悪が、正義の座に悪がある」と嘆いて、「正義を行なう人も悪人も神は同じように裁かれる。すべての出来事、すべての行為には、定められた時がある」(コヘレト3章16〜17節)〔英訳REB〕と言い表わした。人間にはどうにもならない「神の自由と歴史の恐怖」、これがヨブ記に表われている「ヨブの畏れ」である。
 ヨブはこのようにして、イスラエルの伝統的な宗教の核心を拒否した。彼は出エジプト記の歴史の神を拒絶したのである。その結果、ヨブの理念は、宮廷祭儀や王理念よりもはるかに神話的な性質を帯びるようになる。イスラエルの救済史はかすんで、古代の族長の神、創造者エールが回復してくる。太古の混沌の竜との戦いの創造神話が、新しい終末論的な性格を帯びて立ち現われるのである。このような創造神話の復活によって、超越的なヤハウェの一元的な主権のもとに神話的二元論が暗い様相で現われる。ヨブに代表される信仰の閉塞状態と神秘に満ちかつ冷徹とも見える宇宙の神、この出会いの中から黙示思想が生まれてきた。クロスはこのように結論した。
 「このようにして、古代イスラエルの叙事詩的主題は、新しい複雑な歴史観へと変容し、二元的な神話を伴う暗い様相を帯びながら、それでもなお、歴史におけるヤハウェの至高性を保持し、神の民としてのイスラエルへの召命を確認し続けた。この捕囚後期から捕囚後の前期にかけての文学において、黙示思想の初期の特徴とその動機を読み取ると言うのが正確であると思う」〔Cross 346〕。
■ダニエル書
 ダニエル書は、「ユダの王ヨヤキムが即位して3年目」(前606年)から語り始めて、「ペルシア王キュロスの治世第3年」(前536年)までであるから、ほぼバビロンの捕囚が始まり(第一回の捕囚は、実際にはヨヤキン王の前597年)、ユダ部族を中心とするイスラエルがエルサレムへ帰還するまでのことになる。しかし、ダニエル書で語られている<中身>のほうは、上に述べてた実際の出来事とは大きく食い違っている。作者は、自分が実際に体験している歴史的な事実をそれよりも以前に起こったバビロン捕囚の出来事へと「移し換えて」語っているからである。これは、自分が現在体験し伝えようとしている歴史的な事実を、そのままではなく、過去の人物や出来事へ投影させて語る手法である。だから語られる物語の表層の奥に、現在の出来事が隠されている。語られる表面の意味は、自己が体験している歴史的な事実の「映し」にすぎず、体験が「表象化」されて過去の姿をまとっいるから、語りの表層とこれが映し出す事実とを対応させて読み解く必要が生じてくる。
例えば話の中に出てくるネブカドネツァル王(在位は前605〜562年)は、実はバビロンの最期の王であるナボニドス王(在位は前556〜539年)のことであろうと考えられる。この王は、晩年に正気を失ったと言われている(5章の後半)。また5章にでてくるベルシャツァルは、実際に存在した人物で、ナボニドス王の息子であるが、息子は王ではなかった。物語のベルシャツァル王は、実際は、セレウコス朝のアンティオコス4世エピファネス(在位は前175〜164年)のことなのである。「ダレイオス王はメディアの出身で、クセルクセスの子である」(9章の始め)とあるが、「ダレイオス」はメディアの王ではなく、ペルシアの王で、しかも「ダレイオス」は1世から3世まで三人いる。またクセルクセス1世はダレイオス1世の息子であるから、物語とは逆になる。しかしこれらは作者の「意図的な」手法であって、物語の裏に潜む実際の人物や出来事を違った人物や出来事で表象化しているのである。ここでは、語られている人物や出来事が、裏に潜む人物や出来事を「隠しながら寓喩的に指し示す」。
 このような手の込んだ手法で、実際に指し示そうとしている人物や出来事を「隠す」やり方は、権力者をおもんぱかって出来事を表立って批判することができない場合、あるいはそれが許されない場合によく用いられる。ダニエル書の物語は、この手法で、その裏に現実の歴史に対する厳しい批判を秘めている。これは、ダニエル書が、それまでの旧約聖書のどの文書とも違って、「黙示的な」性格を帯びていることと関係している。
 この手法は人物を貶めたり、逆に理想化したり神話化したりする場合にも用いられる。スペンサーというイギリスの詩人は、『妖精の女王』という長大な叙事詩で、16世紀のイギリスの宮廷と政治を「妖精の国」というおとぎ話の騎士物語として描き出した。しかし、そこで語られている物語を現実の出来事でない「作り話」だと受け取ってはならない。そこには、言い表わすことが出来ないほど深く恐ろしい現実が「隠されて指し示されて」いるからである。
 ではダニエル書が指し示す実際の出来事はいつのことなのか? これを知る手がかりが「聖者らは彼の手にわたされ1時期、2時期、半時期がたつ」(7章25節)にある。この「彼」とは、セレウコス朝の暴虐の王アンティオコス4世を指している。「罪が荒廃をもたらし、聖所と万軍が踏みにじられる出来事」が「日が暮れ、夜が明けること2300回」続く(8章13〜14節)とあるが、これを日数にすれば1150日になり、太陰暦(月齢の暦)で1年を360日で計算すると3年と70日になる。「憎むべき荒廃をもたらすもの」(12章11〜12節)の期間は1290日(3年7か月)と定められていて、1335日(3年8か月と15日)まで待ち望む者たちは幸いだともある。これは、アンティオコス4世がユダヤ教を迫害し始めた時から3年8か月あまりを経てエルサレムの神殿が回復されたことを指している(ユダヤ教の神殿奉献祭はこれを祝う祭り)。これらの記述から、ダニエル書は、迫害が始まってから、3年目に入って書き始められ、3年半ほどで書かれたと推定されている(その後加筆されている)。
これを実際の歴史の出来事に当てはめると、アンティオコス4世が最初にエルサレムを襲ったのが紀元前169年で、彼は約2年後に再度エルサレムを襲い(前167年)、ユダヤ教の全面的な迫害を開始した。この期間が約3年半あまり続いた後で、エルサレムが解放され、神殿が浄化された(前164)。したがって、ダニエル書が語る出来事の背景となっている現実の歴史の期間は、アンティオコス4世の2度目のエルサレム侵攻から神殿が再び回復されるまでの期間(前167年〜164年)である〔〔新共同訳『旧約聖書注解』(V)26〜27頁〕。
■ダニエル書の構成
 ダニエル書は1章〜6章までと7章〜12章とに分けることができる。前半は、ダニエルの知恵とダニエルたちの受ける試練で、悪の力に屈しない知恵の人、信仰の人たちの物語である。後半はダニエルの見た幻で、ここから黙示に入る。
〔言語〕ダニエル書は、2章4節後半から7章の終わりまではアラム語である。このアラム語はペルシア帝国の「帝国アラム語」と呼ばれ、旧約聖書の時代のオリエントでは国際的に用いられていた。例えば、ダニエルに与えられる「ベルテシャツァル」はペルシア名である。3章にでてくる官職名で、「総督」「執政官」などはアッカド語を語源とするペルシア語から借りたアラム語であり、「財務官」「司法官」などもペルシア語から借りた用語である。しかし「六絃琴」「竪琴」「風琴」(3章7節/同10節)などの楽器名はギリシア語から借りている。このように、捕囚時代の物語に合わせた言語が遣われている。また、ダニエル書の1章1節〜2章4節前半と8章〜12章はヘブライ語であるが、このヘブライ語の部分にもペルシア語やアラム語風の言い方が入っている。だからこの部分は、アラム語からヘブライ語に訳されたのではないかとも言われるが、確かでない。ダニエル書は、少なくとも、帝国アラム語に通じた人によって書かれていて、聖なるヘブライ語から異邦のアラム語へ、再び聖なるヘブライ語へと、物語に合わせた言語の用い方がなされていのが分かる。
【四つの王国】ダニエル書の構成を見ると、最初の試練では、ダニエルの夢解きの知恵が語られ、その夢解きには四つの王国が現われる(アンティオコス4世は「金の頭」で表象されている)。第一の王国はメディア(銀)。第二の王国はペルシア(青銅)。第三の王国はアレクサンドロス大王の帝国(鉄)。第四が、シリアのセレウコス朝とエジプトのプトレマイオス朝(鉄と陶器)である。続いて、永遠の御国の到来が預言される(2章44節)。
【四つの試練】(1)燃える炉の試練(2)大きな樹の夢(3)壁に書く指(4)ライオンの洞窟の試練がある。(1)と(4)は、異教世界にあって、なお主の律法に忠実に従う者たちが体験する試練である。ダニエル書は、マカバイの抵抗運動の最中に書かれたことも、これらの物語の背景になっているのであろう。(2)は、「人間の王国を支配するのは、いと高き神であり」(4章14節)、神は、御旨のままに権力を誰にでも与えることを表わす。(3)では、「王の命と行動の一切を手中に握っておられる神を畏れ敬うことをしなかった」権力者が(5章23節)、その奢りと傲慢のゆえに裁きを受ける。ただし、ダニエル書の筆者は、かつての「バビロニア帝国」(実はペルシア帝国)に対して敵意を抱くよりも、帝国がユダヤ人の信仰の自由を認めるならば、王の権威を承認する姿勢を見せている。
【四つの賛歌】四つの賛歌ではダニエルの知恵の源となっている神への賛美が謳(うた)われる(2章20〜23節/3章33節/4章32〜34節/6章27〜28節)。1章〜6章は比較的古い伝承からだと言われるが、中でも次の賛歌には、ダニエルの讃える「神の知恵」が結晶している。
 
知恵と力は神のもの。
神は時を移し、季節を変え 
王を退け,王を立て、 
知者に知恵を、悟る者に知識を与える。 
奥義と秘義を啓示し 
闇になにが潜むかを洞察し 
光りがみもとに宿る。
(2章20〜22節。英訳REBを参照)
 
この神のしるしは、いかに偉大であり 
その不思議はいかに力あることか!  
その御国は永遠の御国であり、
その至高権は世々に及ぶ。
(3章33節。英訳REBを参照)
 
【四つの幻】7章からは四つの幻が語られ、ここから黙示の世界になる。
(1)4頭の獣の幻(ライオンと熊と豹と10の角の獣)が現われ、続いて「人の子」が顕現する(7章9〜14節)。
(2)雄羊と雄山羊の幻が語られ、天使ガブリエルのお告げが語られる(8章)。
(3)70週のお告げが語られ、ガブリエルが、エルサレムの再建とメシアの到来を預言する(9章)。
(4)人の子の幻がダニエルに顕われ、「真理の書」について告げる(10章)。
 (1)の幻の4頭の獣は、四つの帝国のことで、ライオンはバビロニアを、熊はメディアを(これら二つはほぼ同時代)、豹はペルシアをそれぞれ表象している。第四番目の獣は10本の角を持っているが、これはアレクサンドロス大王からアンティオコス4世の前の王までが10人であることと符合する。後から生えてくる一本の強い角は、アンティオコス4世のことで、彼は、アルメニアのアルタクシアスと、エジプトのプトレマイオス朝の二人の王を撃つことによって「3本の角を引き抜く」ことになる(7章8節)。
 これに続いて、王座が顕われ、神性を帯びた「日の老いたる者」が登場する(7章9〜14節)。彼は永遠の昔からの賢者を想わせ、新約では、その姿がイエスの山上での変貌と重ねられている(マタイ17章2節)。彼はまた、ヨハネ黙示録(1章7節/同13〜14節)にでてくる「人の子」の姿とも重なる。
 「日の老いたる者」の登場と共に、巻物が開かれて、裁きが行なわれ、尊大な者は燃える火の中に投げ込まれて、「人の子が天の雲に乗って」地上へ来臨することで御国が成就する(7章13節)。7章の4頭の獣と人の子の姿は、エゼキエル1章にでてくる四つの生き物とも共通するところがあるが、ダニエル7章9〜14節は、歴史の経過を表象化しているから、それらは、必ずしも「特定の出来事」だけを指し示しているとは限らない。4匹の獣の像は、特定の帝国を意味すると同時に、それらが表象化されることによって、どの時代のいかなる支配権力に対する指標ともなることができるからである。
(2)の幻では、雄羊の角の1本はメディア王国で、後ろのもう一本は、メディアを滅ぼしたアレクサンドロス大王の帝国である。雄羊を倒す雄山羊の4本の角は、アレクサンドロス大王の死後に四つに分裂したマケドニアとリュシマコス朝とセレウコス朝とエジプトのプトレマイオス朝で、その中の1本から生えてくる「強大な」小さな角とは、セレウコス朝のアンティオコス4世を指す。彼は「尊大なことを語り」天の軍勢と真理に逆らって罪をはびこらせる(8章9〜11節)。
(3)の幻で、「70週」とは、1日を1年とし、1週を7年として、490年のことである。70年はバビロニア捕囚の実際の期間を表わすが、490年は表象化された終末までの期間であろう。
(4)の「人の子」については後で述べる。
【北の王と南の王】11章で北の王と南の王との間の戦いが語られる。北の王とは、アレクサンドロス大王の死後、パレスチナの北部一帯を支配したセレウコス朝のことであり、南の王とは、パレスチナの南部エジプトを支配したプトレマイオス朝のことで、パレスチナは、南北の帝国の狭間にあって、両者の支配をめぐる争いに巻き込まれることになった。「キティムの船隊」(11章30節)とあるのはローマの艦隊のことで、アンティオコス4世は、エジプトを支配しようとしたが、エジプトと組んだローマの艦隊に撃退された。
 11章40節から、視点が過去から未来へ、そして終末へと移る。12章では、大天使ミカエル(戦いの天使)が立ち、苦難の民の救いと「地の塵の中に眠る多くの者たちの目覚め」、すなわち復活が語られ、終末の到来が預言される。ここでは、作者の描く出来事が、過去ではなく、未来へと投影されていることに注意しなければならない。先に、黙示は現在の出来事を表象化すると述べたが、「表象化」は、現在を過去の出来事と結びつけるだけでなく、同時に現在を未来へ、そして終末へと結びつけることもできるのである。
■知恵から黙示へ 
 ダニエル書のネブカドネツァルの巨大な像の夢解き、大きな樹の夢、四頭の獣などの壮大な歴史のヴィジョンは、8章での雄羊と雄山羊の幻、9章での70週の預言へつながり、「終わりの時」に顕われる人の子と終末の幻にいたる。このような「夢の解釈}(ペシェル)がどこからでているかについては諸説がある。先に、黙示をイスラエルの知恵と結びつけて見たが、ダニエル書の夢解釈は、知恵だけでなく預言の伝統、それも遠く古代メソポタミアの夢判断の伝統から来ている。「夢の中であることが起こる。それはしかじかのことを意味する」という夢判断は、アッカドからシュメールにいたる膨大な粘土板の文書にも見られるからである。エゼキエル28章3節の『ダニエル』は、ティルスの王の知恵と比較されているから、これはツロ・フェニキアの魔術師であり夢占い師であった「ドニル」のことではないかとも言われている〔Mastin 165〜66〕。
 だたし、知恵と預言の融合したダニエルの夢判断は、オリエントのそれらとは質的に異なった性格を帯びている。特にダニエル書の夢判断が、創世記41章に始まるヨセフ物語をモデルにしていることが早くから指摘されてきた。ヨセフ物語は、捕囚期に入る前の時期に書かれたが、この物語は捕囚期の間も語られていた。捕囚期間には申命記史家たちや第二イザヤも活動していから、彼らは「異教的な」夢占いの伝統に否定的であったと思われる。バビロニアの夢占いと並行しながらも、ヨセフの夢解きの物語が、ダニエル書のモデルになったと考えられる。だから、バビロニアやカナンの影響を受けてはいても、ダニエルの知恵は本質的にヤハウェの言葉とその霊によって与えられる賜だと言えよう。ただし、ヨセフの知恵とダニエルの知恵とでは、一つ大きな違いがある。それは、ヨセフが、エジプトの王から告げられた夢を解いたのに対して、ダニエルは、王の見た<夢そのもの>を言い当てるように求められていることである。ダニエルは、出された問題を解いたのではなく、出される問題それ自体が何であるかを言い当てた。だからダニエルの知恵は、最も高度な知恵の働きとして、天からの啓示を読み解く知恵なのである。知恵はこの段階で黙示の領域に入るが、黙示は、知恵の最高度の啓示形態だと見なすことができよう。
 ダニエルは、イスラエルの知恵とバビロニアの知識を兼ねそなえることで、それまでイスラエルが出来なかった「歴史を秩序づける」ことに成功した。それも、イスラエルの民族的な視野からでなく、宇宙的な拡がりにおいて世界の歴史を時間的空間的に秩序づけた。これこそが、歴史を解釈する「イスラエルの知恵」である。
 
存在するものについての正しい知識を、
神はわたしに授けられた。
宇宙の秩序、元素の働きをわたしは知り、
時の始めと終わりと中間と、
天体の動きと季節の移り変わり、
年の周期と星の位置、
生き物の本性と野獣の本能、
もろもろの霊の力と人間の思考、
植物の種類と根の効用、
隠れたことも、あらわなこともわたしは知った。
万物の制作者、知恵に教えられたからである。
(知恵の書7章17〜22節)
 
 これは、マカバイ戦争が終結して、世の中が落ち着きを取り戻した頃に書かれた知恵の書からの引用であるが、このような知恵は、イスラエルにほんらい具わる知恵であり、捕囚という厳しい苦難を経て到達した知恵であって、これをヘレニズム的なあるいはアレクサンドリア的な知恵からの派生だと見ることはできない。イスラエルの知恵の源泉はソロモン時代にさかのぼる。黙示文学は、この知恵の到達した「究極の世界の秘密のカーテンを開く」〔フォン・ラート『旧約聖書神学』U414頁〕のである。だからダニエルの知恵は、バビロニアやエジプトの知者に影響されながらも、ヤハウェの御霊によって啓示された結果であり、黙示はこの意味で、御霊の賜である。ここからもう一歩で、黙示文学は、天上や陰府の世界を旅する段階へいたることになる。
■黙示の特徴
 黙示文学の基本的な特徴だけをまとめると次のようになろう。
(1)神の定めに基づく歴史的な時代区分。
(2)人の子の到来による終末。
(3)人間の復活と裁き。
(4)神の御国の到来。
(5)天上での神の会議。
 これらの特徴から判断する限りで、ダニエル書には5つの特徴が全て具わっているように見える。しかし、それぞれの特徴を少し立ち入って吟味すると、そこにいろいろな問題が潜んでいるのが分かる。その一つにダニエル書の9章をどのように見るのか? という問題がある。
 ダニエル9章で、ダニエルは、粗布をまとい灰をかぶって主なる神に罪を告白する。イスラエルが捕囚の辱めと苦しみを受けたのは、彼らが神との契約を破って罪を犯したからである(9章7〜9節)。それゆえに主は、イスラエルの罪を「見張っていて」、これに罰を降した。ダニエルは、罪を悔い改めて告白し、神の赦しと憐れみを乞い求め、この祈りに応えて天使ガブリエルが彼のもとへ遣わされ、70週が過ぎると、イスラエルの罪が赦され、とこしえの正義が到来して、聖なる者に油が注がれると告げる(9章24節)。さらに、油注がれた者(メシア)の到来までに7週あり、62週あると数秘的な期間が預言され、最後に、憎むべき者の上に定められた破滅が訪れるという約束が与えられる(9章27節)。
 ここには、イスラエルが体験した苦難は、民が主との契約を破ったことから生じたものであるから、その責任は民が負うべきことが告白されている。このように苦難の原因を人間の罪に帰している点で、9章のダニエルの祈りは、8章までの歴史観とかなり異なっている。歴史に生起する悪と苦難は、人間の力を超えた4頭の獣に象徴される地上の権力から来るというのが、7〜8章で語られるダニエルのヴィジョンだからである。このために、従来この9章は、後からの挿入であろうと見なされてきた。しかし、ボッカチーニはこれに異を唱えている(Gabriele Boccaccini.“The Covenant Theology of the Apocalyptic Book of Daniel.”)。彼は、この祈りの部分が流ちょうなヘブライ語で書かれていて、9章がダニエル書の他の部分と異なることを認めた上で、それでもこの祈りの部分は後からの二次的な挿入ではないと主張する。祈りは9章の他の部分とも異なるが、二次的な挿入ではなく、作者によって最初から意図的に9章の場に組み込まれていた。ここでのダニエルの祈りは、ネヘミヤ1章4〜11節やエズラ9章5〜15節と同じで、捕囚以後のイスラエル共同体の告白を表明していて、しかもこれはツァドク的な契約神学に基づいている。ボッカチーニはこのように考える。
 ダニエル書に表われる歴史の時は、その時々に啓示される神の時ではない。すでに定められた神のプログラムに従って、神が創造した宇宙の運行のように、整然と動いていく歴史観である。ここでは、人間の視点は、現在を基点として過去を顧み未来を望むことになるから、その結果現在は、表象化されて過去へ投影され、同時にその過去を未来へと繋げる。しかも9章は、神によって定められた歴史においても、人間の意志とこれに伴う責任から免れてはいないことを示している。
 この歴史の終末に著者が望み見るのは、暴虐や圧政の滅びであり、この世を支配する悪しき力からの解放である。それは、人の子が「天から雲に乗って到来する」ことで成就される解放への希望である。イスラエルを含みつつ、全人類に等しく臨むメシアの到来、これによるすべての人びとへの裁き、こういう歴史観をここに読み取ることができる。終末においては、すべての人は、「地の塵の中の眠りから目覚める」(12章2節)ことで、死者の復活が生じる。死者の復活とこれに伴う裁きは、すべての人間を永遠の生命へ、あるいは永遠の憎悪の的へと運命づけることになる(12章1〜4節)。
■ダニエル書の社会的背景
 ダニエル書の背後には、これを生み出した何らかの社会的サークルが想定されるが、このサークルの性格を特定するまでにはいたっていない。この問題を扱った論文にPatrick Tiller;“Dream Visions and Apocalyptic Milieus.”がある。ティラーは、ギリシアのアンティオコス4世の支配下において、イスラエルの伝統的なゲルーシア(長老会議)の権限が弱められ、大祭司へその権限が移行される傾向があったと見ている。この結果、パレスチナの支配階級の間でも、また社会層全体においても、利害が必ずしも一致しなくなり、神殿制を容認する者たち、ユダヤ的な敬虔主義に走る武装勢力、これらのどちらにも属さない人たちのように、社会的な分裂が生じたと考えられる。その中で、伝統的なゲルーシアを祭司制度よりも優位におこうとする人たちの運動が起こり、ダニエル書を生み出したグループもその中の一つではなかったかというのが、ティラーの説である。
 このようなダニエル書のグループを社会的な視点から観ると、社会全体の調和を重んじるシラ書の著者とは異なる立場に立っていたと考えられる。ただし、「啓示された知恵」に基づく「知恵の教師」たちが、指導的な役割を担っていたことに変わりはない。ダニエル書、『第一エノク書』、シラ書は、それぞれに性格がかなり異なっている。しかし、幻想的な文書も、黙示的な文書も、格言的な文書も、「啓示された知恵」として、それぞれに役割が与えられていて、このために「知恵の教師」の諸グループを特定することが困難である。このような思想的状況に中で、ティラーは、ダニエル書の教師グループを「黙示的知恵」のグループと呼んでいる。これに対してコリンズは、John J. Collins;“Response: The Apocalyptic Worldview of Daniel.”において、ティラーの論に反論している。彼は、ダニエル書の背後にユダヤ教の特徴的なグループが存在することは認めているが、シラ書が知恵文学であるのならば、ダニエル書は知恵文学と呼ぶことができないと批判する。ただし彼は、ダニエル書の夢解釈が「黙示的知恵」であることを認めている。
 私の見るところ、問題は、ある文書が「知恵」と「黙示」のどちらに属するかという点にあるのではなく、「知恵」あるいは「黙示」の定義の仕方それ自体のほうに問題があると思われる。この時代の知恵思想も黙示思想も、多様で流動的であり、時代の動きによって変容していると見るべきで、知恵思想も黙示思想も、両者の相互関係も、かなりの流動性と変容性を帯びていたというのが私の見方である。
■ダニエル書の「人の子」
ダニエル7章9〜13節には、「日の老いたる者」と「人の子」とがでてくるが、この二人が何を意味するのか、7章15節以下の説明によってもはっきりしない。「日の老いたる者」が裁きを行なうことが語られる以外は、「人の子」は神秘に包まれている。「人の子の<ような>者」とあるのは、「その者と日の老いたる者」が、人間存在ではないという意味にもなり、しかも人間のように見えるという不思議な存在を指している〔Goldingay 7:9〜10〕。
 ダニエル書の「人の子」は、人間ではなく、天の聖所の天使の会議の一人と見ることができる。彼は個人として特徴づけられ、堕天使たちとは対照的に、神の王座に服従する存在である。彼は、人間とは区別されて黙示的終末の超越性を保っている。このように個人化された「人の子」像が、後のメシア像へつながると見ることができよう。黙示思想においては、時代と共に、地上的な神の権威が、より天上的な権威へと超越化する傾向を読み取ることができるが、これに伴って、集合的な人物像が個人化する傾向がある。
ダニエル7章13節の「人の子のような者」の意味は、次のように大別できよう。
(1)王やメシアとして高められた人物像。
(2)ユダヤ人全体の象徴。
(3)大天使ミカエルのような天的な存在。
「人の子のような者」は、以上の三つのどれにも該当するように思われる。彼は至高者の聖なる民(ユダヤ人)を表わす(7章18節/同27節)。同時に彼は、王権を授かる個人を指す(7章14節)。彼は天の存在に囲まれていて(7章10節)、しかもその存在は、明らかに「人間のような」存在でありながら(10章16節/同18節)、必ずしも人間とは限らない。
アルバーニによれば、「人の子のような者」は、ダビデ王朝に約束された終末的な権威/王権を象徴している(7章14節)。ダニエル7章の獣たちの王国は、メシア的な王国像と対応しており、神の王国の「擬似的な王」として「至高者の聖なる民」が登場していると見るのである。アルバーニは、この聖なる民とその権威が、イスラエルの宗教的かつ歴史的な王権イデオロギーを受け継いでいると考え、ここに、天使的な人物像と王権的な人の子とのつながりを見出そうとしている(Matthias Albani.“The‘One Like a Son of Man’(Dan7:13) and the Royal Ideology.”)。わたしたちはすでに、「知恵」の普遍性と特殊性、またこれの理念性と人格性という相反するかに見える知恵の有り様を考察してきたが、ダニエル書では、「知恵」が黙示化されることによって、「知恵」は超在性と内在性の両面を具えていることになる。
 ダニエル書では、地上の王権の歴史は、つもる罪の集積にほかならず、これがアンティオコス4世にいたって頂点に達する(7章2〜8節)。このように見てくると、地上の王権に立ち向かう者としての「人の子のような者」は、王権を帯びたメシアであると同時に大天使ミカエルでもあり、両者が矛盾しないことが見えてくる。
 それなら、ダニエル7章13節の存在は、どうして「神の子」ではなく、「人の子のような者」なのか? これに対する答えは、アンティオコス4世の「小さな角」にあり、おごり高ぶる王権に見出すことができる。彼は「エピファネス」とある通り、ヘレニズムの王たちの例にならって己を神格化し、天の王へと自分を高めようとする(ダニエル8章11節/11章36〜37節/第二マカバイ9章10節)。エジプトのプトレマイオス朝でも、王たちは「神から遣わされた救い主」であり「太陽の子」である〔TDNT (8) 336〕。セレウコス朝のギリシアの王たちも、先祖をアポロンとすることで、自らに「神」の称号を帰している。イザヤは、この「小さな角」が、星々に囲まれた至高者の座へ登り詰める姿を描いている(イザヤ14章12〜15節)。イザヤ書の「ヘレル・ベン・シャハル(曙の子)」の墜落は、バビロンの滅亡を嘲るもので、「曙の子」とは「神の子」を表わす言い方にほかならない。詩編11篇3節の難解な「曙の胎」もまたこのような高慢な王権を表わすのであろう(ダニエル4〜5章参照)。
このようにして、ユダヤの民から見るならば、彼ら「神の子たち」は、唯一の神に敵対したがゆえに(ダニエル4章35節)、神とその民によって排除されるべき権力にほかならない。だから「神の子」「至高者の子」は、アンティオコス4世のようなセレウコス朝の王たちを指す蔑称なのであろう(詩編82篇6節)。こうして、「神の子」は、正統ユダヤ教の間では、高慢なヘレニズムの王たちを指す用語になっていた(イザヤ14章12節/ダニエル8章11節)。ダニエル書が、7章で「神の子」を避けて、高慢ではなく謙虚さを表わす意味をこめて「人の子」の称号を用いたのはこのためである。詩編80篇17節は、「人の子」を苦しめる者どもから彼を救いイスラエルを回復するよう祈り求めているが、そこに出てくる「神の右に立つ人の子」は、神によって立てられた「イスラエルの王」を指している(詩編110篇/同18篇36節/同2篇2節以下)。このように、「人の子」の即位と神の敵の征服/滅亡こそが、ダニエル7章9〜14節の告知であることが分かる。
■ダニエル書と新約聖書
 ダニエル書に表われた黙示思想が新約聖書とキリスト教に及ぼした影響をここで細述することは控える。
(1)「神の会議」はダニエル4章14節にでてくる。ここに登場する「見張りの天使」が、やがて堕落天使の物語へつながり、悪霊論へ発展することになる。天使については、ダニエル書にはガブリエルがしばしば登場する(8章16節その他)。この天使は新約では、マリアに受胎告知をする天使であり、新約でも重要な働きをしている。
(2)「人の子」はイエスの口から自分を指す言葉としてしばしば語られ、四福音書の描くイエス像に浸透している。福音書の人の子は、ダニエル書と同じように「雲に乗って来臨する」人の子であるが(マルコ8章31節/13章26〜27節)、同時に彼は「苦難を受ける」人の子でもある(マルコ10章33節)。このようにダニエル書の人の子モチーフは、新しい意味を帯びてイエス像に現われてくる。
(3)終末の御国。ダニエル7章14節に表われる「人の子の支配」は、「いと高き方の聖なる民」の永遠の御国である(7章27節)。御国の思想も新約聖書に浸透している(特にヨハネ黙示録7章11〜12節)。イエスは「神の国が近づいた」と告知し(マルコ1章15節)、パウロも終末が差し迫っていると告げている(第一テサロニケ4章13節以下)。これは、終末が、現在から見て、時間的に短い未来に来ることを意味するよりも、むしろ終末が現在と密接に「つながっている」ことを指すものにほかならない。
■『第一エノク書』
〔見張りの天使の書〕『第一エノク書』(『エチオピア語エノク書』)は、幾世紀にもわたって形成された諸文書から成り立っている。中でもよく知られているのに、ノアの洪水に先立って天から堕落した堕天使伝承(創世記6章4〜6節参照)を扱った「見張りの天使の書」(『第一エノク書』1〜36章)がある。この部分の成立は前200年〜150年と考えられるから、ダニエル書よりもやや先になる。
 「見張りの天使の書」では、知恵の人エノクの第二の旅が始まる。彼は、ウリエル(タルタロスを見張る)とラファエル(人間の魂を見守る)とラグエル(世界と天体に復しゅうする)とミカエル(選民たちを護る)とサラカエル(罪に誘う人間の魂を見張る)とガブリエル(蛇とエデンの園を見張る)の6人の天使たちを見る。エノクは天の旅で、燃えさかる炎と大きな火の柱を見るが、そこは堕落天使たちが永遠に留め置かれる場所である。さらに行くと、高い山とその回りに四つの窪地がある(『第一エノク書』22章)。そこは、全人類の死者たちの霊魂が集められて、世界の終わりに裁きを受けるまで留め置かれる場所である。エノクは、「死んだ人たちの霊魂の訴え/叫び」を聞くが、それはカインによって殺されたアベル(すなわち殉教者たち)の叫びであり訴えである。
 四つに区切られた場所では、死者たちの霊魂が、選り分けられてそれぞれの場所に住んでいる。その中の三つには、「罪人たちの霊魂」が分けられていて、彼らは、生前に罪への厳しい裁きを受けた人たちの霊魂と、逆にそのような裁きを地上で免れた者たちの霊魂とに分けられている(22章9節)。彼らは地上での肉体的な存在に具わる性質をも保持しているから、永遠の呪いと苦しみが彼らを待っている。そのほかに「裁きの日に殺されることもなく、ここから連れ出してもらえない」霊魂たちもいる。最後の裁きには、そこから移されて、永遠の責め苦に出遭う霊魂たちもいる〔Nickelsburg, 1 Enoch(1). Hermeneia. 306 〕。
 四つの区分けの一つだけには、「輝く泉」があり、そこに義人たちの霊魂が住んでいる(同9節)。ここで復活がでてくるが、ここで言う「復活」とは、再び生き返って地上に戻ることを指す。エノクは、さらに駆けめぐる火と、火の山を見、美しい七つの山を見る(27章)。真ん中の山は、主の御座にも似た高い山で、薫り高い木に囲まれている。「すべてのことについて知りたい」エノクは、その場所に、裁きと復しゅうの時に選ばれた者に与えられる命の木の実を見出す。これは、艱難がなく先祖たちのように長生できるようにと「永遠の王」が創られた木の実である。祝福の土地があり、まわりには呪いの谷がある。そこに裁きの木があり、またサリラとかカルバネンとか呼ばれる水がある(ギリシア神話の神々の飲み物ネクタルに似ている)。また「義人の園」と「知恵の木」を見るが、これはかつてアダムとエヴァが食らい、知恵を知り、目が開いて裸であることを知った木である。  「見張りの天使の書」では、<全人類>の死者の霊魂が集められていることが注目される。終わりの時に、人は例外なく、何らかの裁きを受けるからである。ここでの「義人たちの復活」とは、再び地上によみがえって、「先祖たちのように」長生きすることである。救われる者と滅びる者の違いは、ルカ19章16節以下で語られるアブラハムの懐に抱かれたラザロと「黄泉」に落とされた金持ちを思わせる。ただし、「義人たちの骨は地中に休らい、彼らの霊は深い喜びを味わう」(『ヨベル書』23章31節)とあるように、霊魂と肉体とが分離する場合もあるから、一様ではない。後のほうの霊魂の運命には、ギリシアのピタゴラス派やオルペウス教の流れを受け継いだプラトン的な思想の影響を見ることができよう〔Nickelsburg, 1 Enoch(1). Hermeneia. 307 〕。
〔たとえの書〕
 以下の訳は、『第一エノク書』の「たとえの書」(37〜71章)の第一のたとえ(38〜44章)の39章4〜8節で、天に昇ったエノクが見た幻が並行法で語られている〔Nickelsburg. 1 Enoch (2). Hermeneia. 111.〕。
 
4 するとそこにわたしは(もう一つの幻で)聖なる者たちの住まいと
   義人たちの安息の場を見た。
5 わたしの目はそこに、義人たちの住まいと共にいる義の天使たちと
   聖なる者たちの安息の場と共にいる聖なる天使たちとを見た。
 そこで彼ら(義人たちと聖なる者たち)は訴えと執り成しをして
   人の子たちのために祈っていた。
 そこでは義が、彼らの前を水のように流れていて
   憐れみは大地を潤す露のようであった。
   彼らの間には、何時までも何時までもこの状態があった。
 
6 するとわたしの目はそこに義と信実の選ばれたお方を見た。
   彼の日々には義が続き
   義であり選ばれた者たちが何時何時までも彼の前にいるだろう。
7 するとわたしは、諸霊の主の翼の下に彼の住まいを見た。
  すべての義であり選ばれた者たちは、彼の前に炎のように輝いた。
 そこでは彼らの口は祝福で満たされ
   彼らの唇は諸霊の主の御名を讃えた。
 そこでは義が絶えることなく御前にあり
   真理が御前に絶えることがなかった。
8 そこにわたしも住みたいと願い
   わたしの霊はその住まいを慕った。
 そこにわたしの嗣業が前もって備えられていた。
   このように諸霊の主の御前でわたしについて定められていたからである。
  (『第一エノク書』39章4〜8節)〔Nickelsburg. 1 Enoch (2)より私訳〕
 4〜5節は「義人たちと聖なる者たちの住まい」で、6〜8節は「義であり選ばれた者たちの住まい」で、「義人たち」と「聖なる者たち」は、それぞれに対応して、義の天使たちと聖なる天使たちが共に住んでいる。6〜8節では「義であり聖なる者たち」が、「義と聖なるお方」と共に住んでいる。7節の「義であり選ばれた者たち」とは、死んだ者たちのことであるが、彼らはすでに天使たちと共に天での交わりを得ているので、先にあげた死者たちの山(22章)にはいない。だから、「たとえの書」では、彼らの昇天がすでに実現している。ここにでてくる「住まい」は、人と天使と「選ばれたお方」、それに「知恵」が共に住まう天的な場所なのである。
 「彼らは訴えと執り成しをしている」(5節)とある「彼ら」とは、おそらく天使たちであろう(『第一エノク書』は、アラム語の原典からギリシア語訳へ、さらにエチオピア語への二重訳なので、人称の判別が難しい場合がある)。人間に公正をもたらす「義と憐れみ」は、義人を迫害した王たちや権力者たちには与えられない(38章6節)。「義が、彼らの前を水のように流れる」とある「彼ら」は「義人たち」と「聖なる者たち」のことで、彼らは「人の子たち」(複数)のために執り成している。この「義の流れ」は、48章1節では「義の泉」としてでくる。48章の泉も「義人たちと聖なる者たち」の住まう所にあり、その泉は「知恵に囲まれて」いて、これから飲む者は知恵に満たされる。興味深いのは、この場所で「人の子」(単数)が、諸霊の主からその称号を賜わることである。 6〜8節で、エノクは選ばれたお方(単数)の住まいへ移行する。彼の前には義にして選ばれた者たちの賛美の合唱が流れている。「信実」が加わる「義と信実の選ばれたお方」という称号は「たとえの書」独特である。
 このように、「たとえの書」(前40年〜後50年頃)には、「選ばれたお方」「義なるお方」「人の子」「油注がれたお方」が主役として登場するが、「選ばれたお方」は、「たとえの書」で合わせて16回でてくる。この称号は、第二イザヤ書の「主の僕」から来ているのは間違いない(『第一エノク書』49章3〜4節はイザヤ42章1節を言い換えたもの)。「義なる方」も主の僕に与えられる名称である(イザヤ53章11節)。「人の子」はダニエル7章の「日々の頭/日の老いたる者」("Head of Days")と関連する終末的な救い主の称号である。「油注がれた方」も「たとえの書」に2回でてくるが(48章10節/52章4節)、これはダビデ的メシアの称号であろう(詩編2篇/イザヤ11章)。また、「諸霊の主」と「地の王たち」(48章8節)などもあり、「諸霊の主」には、イザヤ11章1〜5節のメシア預言が反映しており、これはダビデ的な王権思想を受け継いでいる。また、「油注がれたお方」と「地の王たち」は詩編2篇2節を反映している(使徒言行録4章25節参照)。これら様々な称号は、イスラエルの宗教思想の幾つかが、『第一エノク書』の「たとえの書」で結合していることを示すもので、「たとえの書」が、その思想を第二イザヤ書や詩編2篇やダニエル書などから受け継いでことが分かる〔Nickelsburg.1Enoch(2). 116-118.〕。先に指摘したように、第二イザヤの「主の僕」は、ダビデ王の属性をも帯びていて、卑しい者たちに公正を行なう者であり、神に選ばれた僕であり、王たちの前で高く上げられる。
 「たとえの書」では「先在の知恵」(箴言8章22〜31節参照)が登場し、また「たとえの書」42章1節では、「知恵」は、エノクの地への降下の時にも天への上昇の時にも表われる。「知恵」は、「選ばれた方」とも「人の子」とも同一視されない。ただし、「知恵」は「人の子」と関連づけられていて(48章6〜7節)、そこでは、諸霊の主の「知恵」によって隠されていた「人の子」が聖であり義である者たちに啓示される。また、49章1〜2節では「知恵」が「選ばれたお方」と結びついて、終末の裁きを行なう。このように「知恵」はこの書の主役ではないが、主役は「知恵」の特徴を帯びていると言えよう〔Nickelsburg. 1 Enoch (2). Hermeneia. 118.〕。
〔最後の裁き〕
 義であり選ばれた方による終末の裁きの場で、王たちや権力者たちが断罪され、選ばれた義人たちの「身の証(あかし)」が立証される。これが「たとえの書」の中心的な主題である。この主題は、以下のような過程を経て展開される。
(1)義なる方が義人たちの集まりに顕現する(38章1〜2節)。
(2)この方の顕現が王たち権力者たちと地を支配する者たちをかき消す(同1〜6節)。(3)選ばれた義なる方が義人たちと選ばれた者たちを従えて諸霊の主のみ座に就く(40章5節)。
(4)選ばれた方が、選ばれた者たちと共に、新たに創造された世界で王座に就く(45章3〜4節)。
(5)義である人の子が顕われて、隠されたことを啓示し、王や権力者たちを倒す(46章4〜8節)。
(6)それまで敵から隠されていた方の幾つかの名前、「人の子」「油注がれた方」「選ばれた方」がここで啓示される。この方の「身の証し」が立てられ、地の王たちは、隠されていたことが明るみに出されて裁かれる(『第一エノク書』49章3〜4節)。ここで、ダビデ的王権思想とダニエル書の伝承が融合する(48章8〜10節/49章3節)(詩編2篇/イザヤ書11章)。
(7)選ばれた方が裁きの座に就き、彼を迫害した王や権力者だけでなく、死からよみがえった善悪様々な人類を裁く(『第一エノク書』51章)。また彼は、選ばれた者たちの会衆を顕現させる(53章6節)。
(8)この裁きは復活に結びつく(61章3〜5節)。
 ここには、イザヤ13〜14章と第二イザヤの苦難の僕像(同52〜53章)とが融合されていて、王たちを裁く天の審判者が顕われ、彼によって、迫害された者たちの身の証が立てられる。彼ら(義人たちと選ばれた者たち)には、地上の王たちの目からは隠されていた人の子がすでに顕わされていたのである。ここでは、ダビデ王、主の僕、天の知恵、ダニエル書の人の子などの諸像が統合されている〔Nickelsburg, 1 Enoch(2). 120. 〕。
 このように見てくると、『第一エノク書』の「たとえの書」は、この時期でのイスラエルの信仰のつづれ織り(タペストリ)のようで、そこに描かれているのは、選ばれた義なるお方と共に選ばれた義人たちが地から天に上げられ(『第一エノク書』62章15〜16節)、一方地上で権力を振るった王たちが恥と裁きに震えおののく姿である(知恵の書1章1〜10節。ただし同6〜7節は、新共同訳とNRSVとでは異なる)。天の知恵が栄光の御座にあって諸霊の主とともに地上の人間の想いを明るみに出すと、地上の王たちや支配者たちが裁かれ(知恵の書6章参照)、その結果、義人たちには救いが、彼らを迫害した敵には裁きが降ることになる(知恵の書18章)。
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