イエス様の風がそよぎ始めるまで
(2023年4月6日)
独りリバイバルから、主の御霊(みたま)の風が人々の間にそよぎ始めるまでに、どのような過程が想定されるでしょうか。御霊の風の「そよぎ」は、人の想いをはるかに超えますから、予めこれを想定するのは難しいです。ただ、与えられるままに述べますから、「一般的に言えば」としてお聞きください。
すでにイエス様を信じて、祈りの必要を感じている方は、そのまま参加できます。何をどう祈ればよいのか分からない方は、先ず、コイノニア会のホーム・ページで、「聖書と講話」の欄にある「5分間説教集」の一読をおすすめします。そこに書かれていることに賛同されるなら、できるだけ自分と境遇が似ている人たち5〜6人前後と連絡をとって、オンラインで顔を合わせ、一時間ほどの「祈りの集(つど)い」を始めてください。「仲間同士」ではなく、親子兄弟姉妹のような「家族的な集い」でもいいでしょう。
もちろん、時と場所を同じくして実際に集(つど)うことができれば、それが一番です。
知り合いの5〜6人だと、互いに意思が疎通(そつう)できて、1時間あれば、語り合い祈ることができます。集いは、毎回、決まった時間(例えば夜間)の(例えば)1時間で、始めの30分ほどは、それぞれが自分に与えられるままに語り、その後の30分で、全員が自由に(異言・預言・霊歌・何語でも)祈ってください。大事なのは、これを「習慣づける」ことです。毎日、毎週、隔週、月2回、一ヶ月(毎日)連続など、選択肢はたくさんあります。
祈りの集いを続けるなら、主イエス様からの御霊のお働きが、風となって集いに臨むのが感じられるようになります。御霊は、「つむじ風」(横浜聖霊キリスト教会深谷(ふかや)牧師の言葉)となって、全身全霊を揺り動かす場合もありますが、それが「そよ風」に変じる場合もあり、あるいは、始めから、そよ風のように働く場合もあります。祈りの中で、例えば「イエス様の御霊の風よ、そよいでください」のように、ある決まった「祈りの言葉」が与えられたら、「リバイバル」(御言葉、賛美、祈り、証しを伴う礼拝)と呼べるほどのものではなくても、「目覚め」「そよぎ」「注ぎ」が始まったことになります。祈りは、どのようなものでも、必ず、「イエス様の御霊の風よ、そよいでください」のように。
主イエスの御名を大事にしてください。
何もかも委ねきって、とことん行き着くところまで行ったら(心身の「砕け」と「よみがえり」!)、不思議な冷静/鎮(しず)まりが訪れます。それからは、祈り心のうちに、御霊に示されるまま、主様にお任せして、「自然に」物事を行なってください。言うべきこと、やるべきことを御霊に導びかれるままにやってください。日常生活の中で、御霊の御臨在感が薄れると、御霊のお働きを再燃させる必要があります。「一週間」は、このための伝統的な目安です。事を為すのは主様であり、御霊の業ですから、「後(あと)は全部、主様がやってくださいます」(ドイツの神学者カール・バルトの言葉)。
*オンラインは、whereby.com/koinonia で顔を合わせることができます。"koinonia"の部分は、各自で自由に設定できます。その場合、4画面まで無料ですが(だから、自前の名称で、4夫妻まで無料です)、それ以上は、1回ごとに(?)約10ドルです。オンラインでは、カメラとマイクをONにすること、マイクの音量に注意すること、画面は、顔が逆光にならないようにしてください。
五分間説教集へ