深谷先生の帰天に際して
      (2024年8月10日)
 
 今日の深谷美枝先生の葬儀に際しては、先生に向かってではなく、皆さんに向かって先生の帰天への言葉を語らせていただきます。先生の信仰については、先生が書かれて、今私の手元にある『つむじ風の吹くまで』(深谷美枝:2003年1月。個人出版)を読めば、ここに全部書いてあります。日本の「イエス様の聖霊信仰」にとって、先生は貴重な存在でした。私は、このかけがえのない方を失った哀しみを抱えて、京都の北にある高山寺を訪れました。ここは、明恵上人の寺として知られています。明恵上人(1173年〜1232年)は、「仏教のアッシジのフランチェスコ(1181/2年〜1226年)」と称される人ですから、この寺は、イタリアの聖フランチェスコ協会とパートナー関係にあります。
 誰も居ない小さな庵(いおり)の側で、森に包まれた山を見ながら、緑に囲まれて座っていると、静けさの中から、悲しいはずの先生への想いが、不思議な力を帯びて湧き起こってきました。すると、「私は居るよ!」と、今もなお集会の皆さんと共に居て語りかける先生が顕われてきました。大丈夫、先生が伝えたイエス様の御霊(みたま)は、今もちゃんと皆さんと共に働いて、皆さんひとり一人を導いてくださる。この想いが、沸沸と湧き起こってきました。その時、このことを集会の皆さんに伝えるために、横浜へ行かなければならないと思いました。今日は、このことをお伝えするために来ました。感謝です。どうぞ、皆さん、これからも、お元気で、深谷集会のためにお働きください。
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