3章 ヘルメス選集
第1篇
【1】ある時、たまたま、わたしの霊智(ヌース)は、物事の有り様を思い巡らしていた。すると、わたしの想いが高く高く上げられ、わたしの体の感覚が失われた。ちょうど、満腹した後の眠りのように、あるいは疲れで体が重くなるように。(すると)限りなく大きな存在が、わたしの名前を呼んで言った。
「あなたは何を見聞きしたいのか? 霊智によって何を学び知りたいのか?」
【2】そこでわたしは言う。
「あなたはどなたですか?」
彼は言う。「わたしは、ポイマンドレース。万象を司る霊智(ヌース)である。わたしは、あなたが願い求めることを知っており、どんな場合もあなたと共に居る。」
【3】わたしは言う。「わたしが願い求めるのは、有るもの(すべてを)学び、それらの本性(フュシス)を把握し、神を認知することです。」そして(わたしは)言う。「これが、わたしが聞きたいと願うことです。」
彼はわたしに答えを返して言う。「あなたが知りたいことを(ことごとく)自分の霊智の内に保ち続けなさい。そうすれば、あなたに教えてあげよう。」
【4】これらの言葉と同時に、彼の容貌が変わり、たちまち、瞬(まばた)きする間もなく、すべてのことがわたしに啓(ひら)けて、わたしは限りのないヴィジョンを見る。あらゆるものが光り、美しい喜びの光に変じた。見つめるうちに、わたしは陶然となった。
ところが、しばらくすると、恐るべき陰鬱な暗闇が端のほうへ降りてきて、ぐるぐる幾重にも周辺を巻いたので、わたしには、それが蛇のように見えた。すると、その暗闇が、湿潤な自然(フュシス)へ変じ、言葉で言い表わせない動きを見せて、火から出るような煙を吐いて、言い難い喚(わめ)きと呻(うめ)きの声を発した。すると、その後で、何か訳の分からない叫び声を出すと、その声はまるで「火の声(音)」のようであった。
【5】そのうちに、(先にでている)光から、・・・・・聖なる言葉(ロゴス)が、自然(フュシス)へ乗り移った。すると、その湿潤な自然から、清純な火が噴き出して、高く高く立ち昇ると、それは軽(かろ)やかで、しかも速くて激しかった。大気もまた軽く、火の後を追うと、地水から立ち昇り、まるで火の後にぶら下っているようであった。しかし、地と水は、相互に混じり合ったままの状態で、地を水から見分けることができなかった。それでも、地水は、そこに行き渡る言葉のままに動いていた。
【6】そこでポイマンドレースがわたしに言う。「このヴィジョンが意味することを理解したか?」
「いいえ」とわたしは言った。「(その意味を)教えてください。」
「(あなたが見た)あの光は」と彼は言った。「あなたの神であり(あなたの)霊智(ヌース)でもあり、暗闇から現われ出た湿潤な自然に先立つものである。その霊智(ヌース)から出た光る言葉(ロゴス)は神の子である。」
「それは、どういうことですか?」とわたしは言う。
「悟りなさい。あなたが見聞きしているものは、主の言葉(ロゴス)だと。ただし、(あなたの)霊智のほうは父なる神である。これら(主の言葉と父なる神)は相互に分かれることなく、(両者の)合一のうちに生命が生じる。」
「ありがとうございます」とわたしは言った。
「だから、光を悟りなさい」と彼は答えた。「そして光を友としなさい。」
【7】こう語りながら、彼はわたしの目を長い間見つめ続けたので、わたしはその顔つきに震えた。しかし、彼が頭を上げると、わたしの霊智(ヌース)の内に光が見える。(それは)数え切れない(もろもろの)力を帯び、宇宙(コスモス)は際限なく広がり、火が、大いなる力によって、(宇宙の)周りを囲んでいたので、(今や)わたしは圧倒されたまま立ちすくんだ。そして、これらのものを見ているうちに、わたしはポイマンドレースの言葉のわけを悟った。
【8】わたしが驚愕しているにもかかわらず、彼はなおもわたしに言う。
「あなたは、霊智の内に、初めに先立ち、終わりもない原型を観たのです。」
ポイマンドレースがこのように言うと、わたしはこれに答えて言う。
「それでは、自然(フュシス)の諸要素はどこから生じるのですか?」
これに彼が答える。「(自然は)、神の意志から言葉(ロゴス)を受け採り、(霊智にある)美の宇宙を見つめることで、これ(美の宇宙)を写し取り、自らの諸要素と魂の誕生によって、(自然)自らが(感覚的によって知る)宇宙(コスモス)に成る。」
【9】すると、神なる霊智は、光と命が共存するように、男女(おめ)両性(を具えていて)、諸物に形を与える(造物主=デミウールゴスという)もうひとりの霊智(ヌース)を産み出した。この(もうひとりの)霊智(ヌース)は、火と霊からなる神であり、感覚で認知する宇宙(コスモス)を取り囲む七つの(惑星による諸圏層の)支配から成り立つ。人間はこれらの支配を運命(ヘイマルメネー)と呼ぶ。
【10】直ちに、神の言葉(ロゴス)が、それら(諸圏層)の下方(部分にある)諸要素へ向かって発せられると、(神の言葉は)自然界(フュシス)の純粋な形成へ向かい、そこで神の言葉(ロゴス)は、(自然界を)形成する(もうひとりの)霊智(造物主=デミウールゴス)と合一した。(神のロゴスは)、形成する(もうひとりの)霊智(造物主=デミウールゴス)と本質を共有するからである。すると、自然界の下方(部分にあたる)諸要素(地水?)は、神の言葉(ロゴス)を欠いたまま(の状態で)、単なる物料(ヒュレー)になってしまった。
【11】そして、御言葉(理性/ロゴス)と合一した霊智(造物のデミウールゴス)は、諸々の(惑星の)圏層を囲み、それらを渦巻き動かすことで、霊智(造物のデミウールゴス)の形成する働きで、諸圏層を無限の始めから終わることなく果てしなく回転させている。このために、諸圏層は、霊智の意のままに、その回転が終わるところから(再回転を)始めるのである。すると、自然は、その下部の諸要素から、理性無き生物を生じさせた。(それというのも)霊智は、御言葉(理性/ロゴス)をそれら(下部の諸要素)へは広げなかったからである。大気は翼ある物を生じ、水は泳ぐ物を生じ、地水は、霊智の意のままに分離された。すると、地は、その胎から、あらゆる生物を、四つ足の生物や爬虫類や野獣や家畜などを産みだした。
【12】ところで、万象の父なる霊智は、命の光であるから、自分(父なる霊智)と等しく共通する人間(アントローポス)を産み出し、彼(父なる霊智)は、人間を愛するようになった。自分自身の子だからである。と言うのも、人間は、その父の映像であり、比べようもなく美しかったからである。このゆえに、父は、人間に、父自身が形成(創造)したすべてを授けた。
【13】人間は、(万象の)父にあって、造物主(デミウールゴスの霊智)が形成したものを見つめていると、彼(人)もまた形成(造物)したいと願うようになった。すると、父から彼に同意が与えられた。(人は、)自らの立場を形成(造物)する側の層へ移し換え、その立場で、彼は全権を得て、自分の兄弟である被造物(諸圏層)を観想した。するとそれら(諸圏層)は彼を愛するようになり、それぞれ(の圏層)は、自らの形成に属するものを彼(人)に分け与えたのである。そうすることで、彼(人)は、それら(諸圏層)の本性を熟知し、それらの本性を分かち合うようになり、諸圏層の境界面を突き抜ける霊智を得て、(大気での純粋な)火を(上から)抑えている力をも観想することができるようになった。
【14】そこで彼(諸圏層を支配する霊智の人間)は、宇宙(コスモス)のあらゆる生き物とあらゆる理性無き生物の上に立つ全権を得て、自分(人間)の顔を、諸圏層の調和(ハルモニア)を破り、圏層の力を突き抜け、その下方の自然へ差し向け、神の美の容貌を自然の上に映したのである。すると、彼女(自然)は、観れば観るほど飽きない(その人間の)美の容貌を見つめた。それは、神の姿だけでなく、七層を支配するそれぞれの働き(エネルゲイア)をも自分の内に所有しいる容貌であったから、彼女(自然=フュシス)は、愛を込めてほほえんだ。まるで彼女の水面に、人間の最も麗しい容貌の似姿を観ているかのように、人間の映像が地の上にあったからである。彼(霊智の人間)のほうも、自分にそっくりな姿が、彼女(自然)の水面に存在するのを眺めるほどに、その姿を愛し、その内に住みたいと想った。その想い(ブーレー)が行為になると、彼は、理性を欠いた(水面の)容貌を生き生きさせたのである。こうして、自然は、自分の愛の対象を得て、自らに彼を巻き込んで、互いに交わり合った。人間と自然は愛人同士(エローメノイ)だったからである。
【15】これがために、人間は、地のあらゆる被造物を超える二重の存在なのである。身体のゆえに死滅するが、人間の本性のゆえに不滅である。不死で万象を動かす権能を有しながら、死滅すべき苦の運命(ヘイマルメネー)に服する。こうして(人は)、調和圏の上に在りながら、調和圏の内にある奴隷なのである。男女(おめ)なる父から出た男女(おめ)であり、眠ることなき父から出た眠ることなき者でありながら、(眠りに)従う。
【16】これを聞いてわたしは言う。「ああ、わたしの霊智(ヌース)よ、教えを続けてください。私自身も、御言葉(ロゴス)に魅せられたのです。」
ポイマンドレースは言った。「これから語ることは、今日(こんにち)まで隠されてきた神秘である。自然(フュシス)は人間(アンとローポス)に抱(いだ)かれて、実に驚くべき不思議を産んだ。人間は、七圏層の協和(コンコード)の本性を有しており、七圏層は、先に述べたとおり、火と霊(純粋な火霊)から成り立つから、(人に抱かれた)自然は、暇(いとま)をとらせず直ちに、七圏層に対応して、男女(おめ)にして直立する(立って天層を観る)七人の人間を産んだのである。」
そこでわたしは言った。「ああ、ポイマンドレースよ。・・・・・今わたしは強い願望に満たされ、聞きたいと願っています。だから、話を逸(そ)らさないでください。」
ポイマンドレースは言った。
「静かに。まだ、あなたに、最初の語り(ロゴイ)を解き明かしてはいないのだから。」
「はい、静まります」とわたしは言った。
【17】そこで、次のように、(これから述べる)七つの移行が生じることになった。大地は女性となり、水(男性)は彼女(大地)を願望で満たし、彼女(大地)は火(七圏層の働き)から成長(実り)を得、霊気圏(アイテール)から霊気(プニューマ)を得た。自然(フュシス)は、こうして、人間の姿に対応する構成になった。すると、人間は、(七圏層の?)命と光から、魂(プシュケー)と霊智(ヌース)へと変じた。すなわち、命は魂へ、光は霊智へ移された。こうして、(人が)感覚(で知る)世界の部分全体は、その終わりから新たな始まりへと周(まわ)り続けることになった。
【18】さあ、聞きたいと願う話(ロゴス)の続きを聞くが良い。周期が終わると、万象を結んでいた絆が、神の意志によって解かれた。生物はことごとく男女(おめ)(の両性を具えていたの)であったが、(生物も)人間もろともに(男女に)分けられて、一部は男(オス)となり、同様に、(他の)一部は女(メス)になった。
すると、直ちに、神はその聖なる御言葉(ロゴス)を発した。
「造られた生き物も、もろもろの被造物すべても、産めよ、増えよ。幾重にも群れとなれ。霊智を具える人間よ、悟るがよい。自らは不死であることを。死の原因は愛(エロース)であることを。しかも(その愛をも含む)すべてを識別(アナグノーシス)することを。」
【19】神がこう語ると、運命(ヘイマルメネー)と調和体(ハルモニア)に通じた神の摂理(プロノイア=予知)が、それらもろもろの「カップル」に働いて、世代が出てきた。こうして、すべて(の生き物)は、その種類に従って増殖した。すると、自ら(の真の有り様)を学び知った者(人間)は、はるかに抜きんでた「善」へ到達した。しかし、迷誤を誘う愛(エロース)によって、自らの肉体へその愛を費(つい)やす者(人間)・・・・・彼は、暗闇を彷徨(さまよ)い、自らの感覚に溺れて死を受けることになる。
【20】「そんな大きな謬りを犯すのはどういうわけですか?」とわたしは言った。「不死を奪われるほどの無知を行なうとは。」
「どうやらあなたは、」と彼が言った。「聞いていることに注意を払っていないのか? よく考えるように告げているではないか。」
「はい、よく考え、(言われたことを)忘れていません。だからこそ、あなたに感謝しています。」
「考えているのなら」と彼は言った。「死にいたる者がなぜ死に値するのか言ってみなさい。」
「それは、あの陰鬱な暗闇が根にあって、物料の構成の基になっているからです。そこから、湿潤な自然(フュシス)が出てきて、それによって、感覚世界の肉体が出来たからです。だから、その肉体から死の水が出るのです。」
【21】「その通り。あなたの考えは正しい。しかし、(それなら)、神の御言葉(ロゴス)が明言しているように、<自分自身を知る者>は、どのようにして彼(神)の下へ行くのか?」
そこで、わたしは答える。「宇宙万物の父は、光と命で成り立っていて、人間は(ほんらい)彼(父)から生まれたからです。」
「その通り。よく言った。光と命は父なる神。その彼(父)から人間が生まれたのです。もしあなたが、自分は光と命であることを学び、その自分が、それら(光と命)の外にいると知ったのなら、もう一度命へ戻りなさい。」こうポイマンドレースは語った。
「でも、わたしの霊智(ヌース)よ。もっと教えてください」とわたしは叫んだ。
「どうやって、再び命へ戻るのですか?・・・・・神は、こう告げています。『その内に霊智(ヌース)を有する人間は、己が不死であると学び知るがよい』と。
【22】人間は誰でも霊智を持っているではありませんか?」
「よく言った。あなたの言うとおり。霊智であるわたしは、聖にして善なる人間たちと共に居る。(彼らは)純にして慈悲深く、敬虔に生きる人たちである。こういう人には、わたし(霊智)の臨在が助けとなり、あらゆる物事へいたる神智(グノーシス)へまっすぐに導かれる。(彼らは)その純な生き方ゆえに父からの愛を勝ち得て、彼(父)に感謝し、祝福を呼び求め、賛美を歌い、篤(あつ)い愛を持って彼(父)に向かう。すると、彼らの身体が、それに具わる死に渡される以前に、彼らは、それ(身体)の諸感覚を厭(いと)い、諸感覚の成す業から一切離れる。否。このわたし(霊智)こそが、諸感覚の身体への働きが、(その自然性のゆえに)最後まで続くのを許さない。わたし(霊智)は門番として、(諸感覚の)入り口を塞(ふさ)ぎ、劣悪な力が入り込もうとする想念の働きを止めるからである。
【23】しかし、邪悪で霊智を喪失し妬み深く貪婪な者たちに対して、あるいは、心閉ざされて不敬虔を愛好する者たちに対して、わたし(霊智)は遠く離れて、報復する霊(ダイモン)ども(のなすがまま)に(彼らを)任せるのです。彼ら(ダイモンたち)は、炎先(ほさき)鋭く彼(邪悪な者)を苦しめ、次々と炎を浴びせ、その感覚を通して彼らを襲い、(諸圏層の)法則を犯す罪へと駆り立てるので、彼は、いっそう苦しみながらも、無法な欲求を止める術(すべ)を知らぬままに、暗闇の中をどこまでも彷徨(さまよ)うのです。」
【24】「ああ、霊智よ。わたしの願い通りによく分かりました。そこで今度は、どうか、上に到る道がどのようなものかを教えてください。今わたしがそうなのですから。」
これに対して、ポイマンドレースは言った。
「身体の物料(ヒュレー)が溶解すると、あなたの身体それ自体が変化し、それまでの姿形が消え失せ、力の抜けた体(はそのまま)、命の道から霊(ダイモン)へ渡される。すると身体の諸感覚は、それらの元のところへ移され、(体から)分離した後に、力(エネルゲイア)となって(宇宙に?)よみがえり、情念も欲望も理性(ロゴス)の無い自然(フュシス)へ引きこもることになる。
【25】これが生じることで、それ以後の人間(の自然性)は、諸圏層の調和(面)を通り抜けて、上へ急上昇する。最初の地帯(ゾーン)では、その成長と衰えの力(エネルゲイア)を失い、第二の地帯へ到ると、邪悪な計らいが失われ、第三地帯に到ると、人を欺く欲望が失われ、第四へ到ると自己顕示欲が無くなり、第五に到ると、蛮勇と無謀な不遜が無くなり、第六へ到ると、悪しき策謀による富への執着がその膨らみを奪われ、第七地帯に来ると、人に罠をかける欺瞞が失われることになる。
【26】このように、諸圏層の働きかけによって、彼(人間)の(悪性が)はぎ取られて、人間ほんらいの力をまとうようになると、彼(人間)は、第八(の地帯)に具わる自然(フュシス)へ到ることになり、(そこで)父を賛美する者たちと共になる。そこ(第八)に居る者たちは、喜びを持って彼を迎え入れ、彼(人間)もそこに住まう者たちと等しくされ、第八天に具わる自然(フュシス)さえも超える力を得て、彼ら独自の言葉で、神を賛美する歌を聴くようになる。こういう神性化(セオーセナイ)こそ、神智(グノーシス)を獲得した者たち(に与えられる)善い目標(終着点)である。それゆえ、(あなたは)何をためらうのか? すべてを受けた今は、この貴い地点を目指し、死滅する人類が、あなたを通じて、神によって救われるようにすべきではないか?
【27】このように語ると、ポイマンドレースは、(天の)もろもろの力へ紛れ込んでいった。しかし、わたしは、宇宙のもろもろの力の父に感謝と祝福を捧げて、自由にされ、父から注がれる力に満たされ、彼(ポイマンドレース)から受けた万象(ト・パン)の本性(フュシス)についての教えと、いと気高いヴィジョンとに満たされた。そこで、わたしは、敬神と知徳の美を人々に説き始めた。」
「おお、地から生まれた人々よ! 酔っ払い、眠りこけ、神を知らない人たちよ!酔いを覚ませ。飽き足りた想いを離れよ。浅はかな(ロゴスのない)眠りに陥るな!」
【28】彼ら(人々)は、これを聞くと、こぞってやってきた。そこでわたしは言う。
「あなたたち、地から生まれた者どもよ。なにゆえ、己を死に委ねるのか、まだ、不死の力に与(あず)かれるというのに? ああ、悔い改めよ、手を携えて迷誤の道を歩む者たちよ。無知を己の住まいとする者たちよ、暗闇の差す場から外へ出て、不死に与(あずか)り、滅びを逃れよ。」
【29】すると幾人かの者は、嘲りを口にしながらわたしのもとから立ち去った。(彼らは)己を見失い死の道を行くままに任せたのである。他の者たちは、わたしの足下に身を投げ出して、教えを乞うた。しかし、わたしは、彼らを立たせて、(自ら)故郷へ帰る民の指導者となり、いかにして、どのような方法で救われるべきか、その言葉(ロゴイ)を教えた。わたしは、彼らに知恵の言葉(ロゴイ)を蒔(ま)き、不死の水を飲ませ、夕方になり、太陽の光が消えると、神への感謝を命じた。彼らは、感謝を述べ終えると、それぞれ、自分の休み処(どころ)へ戻った。
【30】一方、わたしは、ポイマンドレースからの祝福を胸に刻み、願いがことごとく叶(かな)えられ、喜び勇んだ。身体の眠りが霊魂の目覚めとなり、目を閉じれば、真のヴィジョンが、沈黙のうちに善を宿して現われ、わたしが言葉(ロゴス)を発すると善い物事が生まれた。これらのすべては、わたしの霊智がもたらしたもので、それは、ポイマンドレースであり、あらゆる物を支配する言葉(ロゴス)であり、これにより神の霊感を受けて、わたしは真理の平野に辿り着いたのである。それゆえ、わたしは、魂と力を尽くして、父なる神に賛美を捧げる。
【31】あなたは聖なるかな。神よ。万象の父よ。
あなたは聖なるかな。神よ、完全な御心ゆえに完全な諸力である方。
あなたは聖なるかな。神よ、知られることを望むがゆえに、知られている方。
あなたは聖なるかな。御言葉(ロゴス)によりて事物を在(あ)らしめる方。
あなたは聖なるかな。そのすべての自然を映像とならしめる方。
あなたは聖なるかな。その姿を自然が現わすことの出来ない方。
あなたは聖なるかな。諸々の力に勝る力である方。
あなたは聖なるかな。あらゆる優越性を超える方。
あなたは聖なるかな。あらゆる賛美に優る方。
わたしからの浄い理知の捧げものを受け入れてください。(わたしが)霊魂を尽くしてあなたにお供えするものです。あなたは、言い表わしがたく、語りがたい神。
そのみ名は、ただ沈黙において表われるのみ
【32】わたしの祈りに耳を傾け、
神智(グノーシス)を欠くことがないようにしてください。
神智(グノーシス)こそ、私たちが共有する本性です。
わたしをあなたの力で満たし、
あなたの恵みで満たしてください。
わたしの同胞、わたしの兄弟、わたしの息子たちの
無知に沈む者たちに光を与えるためです。
この義をわたしは信じ、証しし、命の光へ向かいます。
父よ。あなたは誉(ほ)むべきかな。
あなたが聖なるがゆえに、人は聖となり