5章 ヘルメス選集 第13篇
  ヘルメス・メギストスが再生と沈黙の契約についてタトに語る  
(1)【タト】父よ、あなたは(第1篇の) 一般的な教えでは、いとも謎めいた語り方で、神性について対話を交わしてくださいました。あなたは、人は、再生するまで、誰も救われることがないと告げて、(その真意を)隠していました。
 父よ、私が、あなたとの対話の後で山を降るときに教えを乞いたかったのは、「再生」(パリゲネシス)についての御言葉(ロゴス)です。 他のことはさておいて、これについて、私は全く無知だからです。
 あなたは言われました。「あなたが、この世から見てよそ者となったときに初めて、その事(再生)を教えよう」と。それゆえに、私は、(再生の教えを受ける)準備を整え、自己の想念において、空しいこの世からよそ者になりました。
 そこで今こそ、私に欠けていたものを、語る言葉によるのであれ、黙秘の啓示によるのであれ、(私の願いを)再生の伝授で満たしてください。トリスメギストス(三重に偉大な尊師)よ、人が再生するのは、いかなるものから、いかなる胎から、いかなる種からか、私には分からないのです。
(2)【ヘルメス】沈黙(シゲー)の内に霊智する知恵(ソフィア・ネオラ)である。(人がそこから生まれる胎とはそういうものである)。また、「善」こそ、その種である。
【タト】父よ、(種を)蒔く者はどなたですか?。私には全く分かりません。
【ヘルメス】それ(種)は「神の意志」である。わが子よ、
【タト】では、父よ、生まれてくる者は、どのような類(たぐ)いの者ですか? 私は、(自分の)内において、そのような者(生まれてくる者)の本性に全く与(あずか)っていません。
【ヘルメス】(生まれてくる者は)感覚を超える者である。それは神から生まれるから神の子である。すべての中にあるすべて(ト・パン)であり、あらゆる力(パーソン・ダイナメオーン)によって成り立つものである。
【タト】父よ、(あなたの)語ることは、私には謎です。父がその子に向かってする語り方ではありません。
【ヘルメス】我が子よ、この(再生の)ような事は、教えられるものではない。(神が)意図されるときに(その事が)神によって(人に)想起され、よみがえってくるからである。
(3)【タト】父よ、あなたの言われることは(私には)不可能なこと、(私には)とてもできないことです。この事について、はっきりした答えを戴きたいのです。いったい私は、私の父に(属する)類いの者から見てよそ者の子なのですか?父よ、隠さずに教えてください。私は、(まがい者の庶子ではなく真正の)嫡子です。再生の有り様を(はっきり)分からせてください。
【ヘルメス】我が子よ、どう言おうか、私が言えるのはこのこと。私の内に、神の恵みを受けて生じる(単一で)純粋なヴィジョンが見えると、自分の身を通り抜けて不死の体(ソーマ)となり、今や、それまでの私ではなくなり、霊智にあって生まれる。この事態は教えようもなく、あなたが今見ているような複合的(エーラストン)な要素として見えるものではない。実に、私のそれまで複合された姿形はバラバラになる。私は、もはや触れることができない者なのにそれに触れ、限られた姿形を有しながらも、今やそれらの外に居る。我が子よ、(あなたは)私を目で見てはいるが、私が何ものかは、その全身の全視力を働かせても理解できない。
(4)【タト】父よ、あなたは、激しく狂った霊智の中へこの私を投げ入れました。もはや私は、自分を見失っています。
【ヘルメス】我が子よ、私が願うのは、あなたが自分自身さえ通り抜けてしまうことである。まるで、眠りの中で夢見るようでありながら、目覚めているように。
【タト】どうか教えてください。再生を造り出す方はどなたですか?
【ヘルメス】神の御意思による神の子、一人の人(アントローポス)である。
(5)【タト】 父よ、今(あなたは)私に、純粋な無感覚状態をもたらしてくださいました。それまで感覚に縛られていたのに・・・・・今わたしには、あなたの優れたお姿を通してあなたの偉大さが見えています。
【ヘルメス】それでもまだ、あなたはほんものでない(プセウデー)。(あなたの)死すべき姿は日ごとにうつろう。虚(うつ)ろなゆえに、時と共に、成長し衰える。
(6)【タト】三重に偉大な方よ、では、何が真理なのですか?
【ヘルメス】子よ、煩らいなきもの。見定め難いもの。色もなく形もないもの。うつろわぬもの。装(よそお)いをともなわぬもの。光を放つもの。自らを把握するもの。変化しないもの。身体に属さぬもの。
【タト】父よ、今や私の理性は全く失われています。あなたのお陰で賢者(ソフォス)になったと思うその矢先に、私の霊智による感覚が塞がれてしまうのです。
【ヘルメス】子よ、それでいいのだ。火のように上に昇りながら、しかも地のように下に降る。水のように湿潤でありながら、空気のように吹く。これがどうしてあなたの感覚で認知できようか。固体でもなく液体でもないもの。縛ることも緩めることもできないもの。人がその力を尽くしても、とても想定し難いもの。それでもなお、神によって生まれることを人に要請するものである。
(7)【タト】父よ、それでは、私の能力を超えることですか?
【ヘルメス】 いいえ。子よ、決してそうではない。自己の内に引きこもりなさい。そうすればそれ(再生)が出てくる。 意思せよ、そうすれば(それが)起こる。体の感覚の働きを棄てよ。そうすれば、あなたの(内なる)神性が誕生する。獸的な苦悩から、物料の仕業から自分を浄めよ、
【タト】では、私は、その内に(自分を)苦しめるものを宿すのですか?
【ヘルメス】そうだ。我が子よ、少なからず。いや、恐るべきものが幾重にある。
【タト】父よ、我には認知できません。
【ヘルメス】子よ、苦しめる第一のものは無知。第二のものは悲嘆。第三は不摂生。第四は欲情。第五は不義。第六は貪欲。第七は迷誤。 第八は嫉妬。第九は悪巧み。第十は憤怒。第十一は無謀。第十二は悪意。数にして十二である。我が子よ、それらの下には、もっと多数が潜んでいる。(それらが)身体の牢獄の中に潜んでいて、体内に居るその人を感覚を通じて苦しめる。しかし、神から憐れみを受ける者からは、(すぐに全部ではないが)それらの苦悩が離れ去る。再生の有り様は、このようにして成り立つ。さらに・・・・・理性(ロゴス)が。
(8)【ヘルメスさあ、我が子よ、静まって、沈黙を保ちなさい。 そうすることで、神から注がれる憐れみが止むことのないようにしなさい。
 我が子よ、さあ、これからは、喜びなさい。あなたが浄められるのは、神の御力によって、理性(ロゴス)が思慮分別を得るためなのです。神の神智(グノーシス)が降ってきました。我が子よ、これが降ると、無知が追い出される。
 我が子よ、喜びの神智(グノーシス)が降ってきた。今降っている。悲しみは、それを受け入れる者のほうへ逃げていく。喜びに伴う力を、あなた(タト)の自制心を呼び覚まそう。なんと素晴らしい力か!子よ、喜び迎え入れなさい。その訪れこそ、無節制を追い払う。
(9)【ヘルメス】さあ、(先に挙げた)第四として、「節度/節制」を呼び起こそう。欲情に対処するために。・・・・・これこそ、正義へいたる確かな基(もとい)である。努めず巧まずして、節制は不義を追い払うからである。子よ、不義が去り、私たちは義とされた。
 (先に挙げた)第六として呼び起こすのは、貪欲に対抗して、みんなで分かち合うこと(コイノニア)である。さあ、貪欲が去ったから、私は(第七として)真理に呼びかけよう。すると、迷誤が去り、真理が私たちと共になる。
 我が子よ、見なさい。真理の到来によって、善が最大に満ちるのを。嫉妬は私たちから離れ去り、善が真理と共に加わり、命と光が訪れる。今は、暗闇の苦悩もあえて(私たちに)近づこうとせず、(苦悩の)すべてが、羽をぱたつかせて飛び去っていく。
(10)【ヘルメス】我が子よ、今あなたは、再生の有り様を悟った。私が子よ、第十(忿怒)が来て第十二(悪意)を追い出すと、再生への悟りが完了し、私たちは、再生によって神々に等しくなる。
 それゆえ、神の憐れみを受け神にあって再生するのはだれか? 身体の感覚を棄て去る者。自らを命と光だと悟り、自己の成り立ちを知る者。そのことのゆえに喜びに満ちる者である。
(11)【タト】父よ、私は神によって確かにされ、もはや、物事を己の目で見ることをせず、霊智が私に与える力の働きによります。天にある私は、地にあり、水にあり、大気にもある。私は、動物にもあり植物にもある。私は、母胎にあり、母胎以前にあり、母胎以後にもある。私は遍在する!
 しかし、父よ、教えてください。暗闇の苦悩は、数が十二あるのに、どうして十の力で追い払われたのですか? 三重に偉大な方よ、
(12)【ヘルメス】私たちが通り過ぎた居場所(スケーノス=天幕/身体)は、我が子よ、十ある生態の巡りによって成り立ち、それらが、数にして十二の諸要素(天の獣帯の星座)で構成されている。それなのに、一つの自然(フュシス)、万象にある「イデア」である。これら(の諸要素)が分裂するために人は惑わされるが、それらは、一つの動きである、憤怒は無謀と分かち難いだけでなく、それらの区別さえつかない。だから、(人が)正しい理性(ロゴス)に従えば、それらは一度に引き下がる。十にも足りないほどの諸力によって追い払われる。だから、「十(デカス)」なのである。
子よ、「十(デカス)」とは、魂を再生させる数なのである。それ(十)にあって、命と光が「一」(ヘナス)になり、(一にあって)人が霊になる。この理(ロゴス)にあっては、「一」は「十」を含み、「十」は「一」である。
タト】父よ、私にはすべてが見え(分かり)、霊智の内に自分が見えます。
【ヘルメス】我が子よ、それが再生である。もはや、身体の視野から、三次元で見ることがないように・・・・・(私の)この再生への言葉(ロゴス)では触れなかったが、私たちが「すべて」(ト・パン)を大衆の批判に曝すことがないように。それは神ご自身も望まぬことだから。
(14)【タト】父よ、教えてください。諸々の力で成り立っているこの体は、いつ何時(なんどき)でも消滅できるのしょうか?
【ヘルメス】黙りなさい!(子よ、)(そのような)有り得ないことを口にしてはなりません。でないと、あなたは罪を犯し、その霊智の眼も消されてしまう。私たちの感覚で認知できる自然の体は、(人の)本性に(生じる)誕生とは遠くかけ離れている。最初のものは消滅するが、最後のものは決してしない。最初のものは死ぬが、最後のものに死が触れることはない。あなたは 自分が(ひとりの)神として生まれた(再生した)ことを悟らないのか? 私自身と全く同じ者として?
(15)【タト】私は、あなたが第八段階(オグドアス)の力にあった時に聴いたという賛美の頌栄を聴きたいのです。
【ヘルメス】我が子よ、私が第八(オグドアス)にいたると聴くであろうとポイマンドレースが(1篇26で)予告したとおりに。それなら、あなたは浄められるために、「自分の幕屋(スケーネー=からだ)を打ちなさい」(自分の体のしがらみから解放されよ)。すべてを支配する霊智のポイマンドレースは、記録されていること以外に、私には何一つ伝えなかった。私が、自分であらゆることを学び取り、聞きたいことを聞き、観たいものすべてを見ると熟知していたからである。 彼(ポイマンドレース)は、麗しいこと(賛美)を私に任せてくれた。それだから、私の内なる力から発出するままに歌おう。
(16)【タト】父よ、聴かせてださい。それらの賛美を知りたいです。
【ヘルメス】我が子よ、静かに。さあ、魂を律動させる賛美を聴きなさい。再生の讃歌を。あなたが、すべての目的に達しなかったなら、私が(歌うとは)思いもしなかった歌を。なにしろ、これ(讃歌/頌栄)は、教えるものでなく、沈黙の内に秘められているものである。
 さあ、それでは、我が子よ、大空のもと開けた場所に立ちなさい。沈みゆく太陽の没する頃に、南風に顔を向けて礼拝しなさい。同様に、太陽が昇る頃に、東風に顔を向け(礼拝し)なさい。さあ、我が子よ、静かに。
 
               秘義の讃歌
(17)全世界(コスモス)のあらゆる自然(フュシス)よ、
私が発する讃歌を受け容れよ、
大地よ、開け。
嵐を閉ざす栓をすべて引き抜け。
木々よ、鎮まれ。
私は、すべて(ト・パン)であり一つである被造物の主を賛美する。
さあ、天よ、開け。さあ、諸々の風よ、鎮まれ。
神の不滅の諸圏層よ、私の言葉(ロゴス)を受けよ、
私の歌は、すべての基(もとい)なる方への賛美。
大地を定め、天を掲げたお方へ。
大海に命じて甘い水を大地へもたらし、
人の住まう所、住まわぬ所を支え、
あらゆる人を支え益するお方。
神々のために火を輝かせ、
人それぞれへのしるしとなす方。
皆(みな)で声を合わせて賛美しよう
諸天の上に座す方を、もろもろの自然の主を。
彼こそ、霊智の眼(まなこ)、
私に具わる諸力の限りの賛美を受けよ、
(18)私の内なるもろもろの力よ、
一つにしてすべて(ト・パン)なる方を誉(ほ)め讃(たたえ)よ、
あらん限りの己の意思もて賛美せよ、
おお、幸いなる神智(グノーシス)よ! 
あなたに照らされ、あなたによって、霊智(ヌース)が目にする光を
私の霊智は喜ぶ。
もろもろの力よ、私の内にあって賛美せよ、
私の自制心よ、賛美を歌え。
私の正義よ、私を通じて正義への賛美を歌え。
私が分かち合う博愛よ、すべて(ト・パン)を賛美せよ、
真理よ、私にあって、真理を賛美して歌え。
善よ、私にあって、善を賛美せよ、
命と光よ、私たちの賛美は、あなたたちへ向けて注がれる。
父よ、あなたに感謝します。あなたは私のすべての力を働かせる方。
おお、神よ、あなたに感謝します。あなたこそ、私に働く力そのもの!
あなたの理性(ロゴス)は、私にあって、あなたを賛美する。
(19)私にあるすべて(ト・パン)をあなたの理性(ロゴス)へ戻してください。
(それが)私の理性(ロゴス)から(すべて=ト・パン)への供え物です!
私の諸力は叫び、あなた(ト・パン)への賛美を歌う。
あなたこそすべて(ト・パン)。すべてはあなた(ト・パン)の御意思の業!
御意思はあなた(ト・パン)から出て、あなたへ向かう。
これら理性の供え物をことごとく受け容れてください。
命よ、私たちの内にあるものすべてを支えてください。
光よ、これを照らしてください。
神よ、これに霊を注いでください。
あなた(神)の霊智(ヌース)は、あなたの言葉(ロゴス)を導く牧者。
あなたは創造主(デーミウールゴス)。
すべてに霊を注ぐ方(プニューマトフォレ)。
(20)あなたは神。あなたにある(霊智の)人(アントロポス)は、あなたを呼び求めます。火を通じ、大気を通じ、地を通じ、水を通じて。霊を通じ、あなたの被造物を通じて。私は、あなたの霊界(アイオーン)から賛美を与えられ、あなたの御意思を探り求めて平安を得ました。
(21)【タト】父よ、あなたのおかげで、賛美を捧げる歌を聴くことができました。
私もそれ(賛美)を自分の心霊界(コスモス)に刻み込みます。
【ヘルメス】我が子よ、その心霊界は、あなたの霊智だけに見えることを忘れるな。
【タト】はい、父よ、霊智だけに見える心霊界です。あなたの頌栄、あなたの賛美によって(それが)可能になり、私の霊智は照らされました。しかし、父よ、自分の自然(フュシス)な霊智からも神への賛美を捧げたいのです。
【ヘルメス】我が子よ、不注意なやり方をしないよう用心しなさい。
【タト】はい。自分の霊智に見えることだけを唱えます。あなたは、私に再生をもたらしてくださった親です。だから、タトは、あなたに向いても、神に向かうように理性の供え物を捧げます。おお、神にして父よ、あなたは主。あなたは霊智。どうか私から、あなたが望まれる理性の礼拝を受けてください。すべては、あなたの御意思によって全うされます。
【ヘルメス】子よ、あなたの礼拝を、万象の父に受け容れられるようにしなさい。また、我が子よ、「御言葉(ロゴス)を通じること」を加えなさい。
【タト】父よ、このような賛美の仕方を教えてくださり、有り難うございます。
(22)【ヘルメス】我が子よ。あなたが、真理という不滅の善い実を結んだのを私は喜ぶ。私からこの教えを学んだからには、あなたのその美徳について沈黙を守ると約束しなさい。また、我が子よ、再生の有り様の伝授について誰にも知られぬように。(私たちが、秘義を)明かす者(ディアボロイ)だと思われないように。
これで、語る私も聴くあなたも、注意は万全。
あなたは、霊智において己を知り、我らの父を知る者です。
                           ヘルメス思想へ