コイノニアのホームページCD版発行に託して
(2026年2月23日)
私がコイノニアのホームページをつくろうと思い立ったのは、それまでの多くの著名なクリスチャンたちが、例えば内村鑑三のように、大部の著作を通じて、自分の業績を後世に遺すことができることがあります。しかし、大部の著作は、これを書くのが大変なだけでなく、十巻以上ともなれば、出版に大変な費用がかかり、しかもこれを読む人は、その著作を買わなければなりません。これに比して、ホーム・ページは、書いて出す費用も少なく、しかも、読む人は、ただで読むことができます。若い人は最近のスマホ自身がでも読むことができます。
その上、ホーム・ページは、後から書き加えたり、訂正したりできますから、その時々に与えられる内容をそのまま表すことができます。いわば、今も働いておられる御霊のイエス様が、読ませたいと思う人に、読ませたいと思うときに、読ませたいと思う箇所を受け手に読ませることができるのです。これが、わたしが、著作の代わりに、ホーム・ページ出そうとする根本の理由です。
ここで、何より大事なのは、ホーム・ページの手法ではなく、その内容です。コイノニアのホームページが扱うのは、
(1)現在考えられる最も重要で、最も内容の深い霊的な出来事、今も働いておられる「御霊のイエス様」です。わたしは、もろもろの出来事の中で、現在でも、これを超える重要で奥深い課題は存在しないと信じています。
(2)だから、ここで問われるのは、この大切な課題の内容への霊的で奥の深い洞察力です。その洞察は、「言わなくても分かるだろう」式の思いつきではなく、誰でも分かる根源的なところから発して、読む人が深く体感できるものでなければなりません。このホームページを読んでおられる肩にお勧めします。どうか、「御霊のイエス様。この私の罪をお赦しください」のようにお祈りください。すると、十字架のイエス様が眼前に顕(あら)われて、あなた自身がそのイエス様の贖いの死と一つにされて、そこから働く御霊のお働きによって、あなたに宿る罪からあなたを解放してくださるという不思議を体験することができます(ガラテ1章2節/同2章19〜20節/同3章1節/同27節/同4章5〜6節)。ヨーロッパの聖堂に、等身大の生々しイエス様の十字架像が真ん中に置かれているその理由が分かった。
私は、このように志して成就したこれまでのコイノニアのホームページをわたしが亡き後も人々に伝えたいという想いから、CD版のコイノニアのホームページの発行を思い立った次第です。だから、この趣旨に沿って、CD版も、出版社に依頼して販売するのではなく、自らの意思と手で発行して、「値なくして」人々に伝えたいのです。イエス様の御霊の証しを著作としてを遺すのではなく、イエス様の御霊を証しする人を遺すのがわたしに与えられた使命だからです。人を通じて、後世にこのホームページを遺したいのです。これは、私が、職業に就いて、イエス様の福音を伝える仕事に携わることになった事とも関係します。オンラインでコイノニア会を指導している息子の和宏と彼を囲む少数のコイノニアのメンバーたちにそのCD版を託そうと想います。残るも残らないも、御霊のイエス様の御心次第です。このCD版コイノニアのホームページを手にされる方にお願いします。御霊のイエス様を証するこのCDをどうか後の世までも人々にお伝えください。
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