2章 『古事記』とシャハンの引用
■『古事記』の冒頭
 『古事記』では、安麻呂(やすまろ)の序に続いて、阿礼(あれ)が次のように語り始める。
「天地(あめつち)初めて発(ひら)けし時、高天(たかま)の原(はら)に成れる神の名は、天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)。次に高御産巣日神(たかみむすひのかみ)。次に神産巣日神(かむむすひのかみ)。この三柱の神は、みな獨神(ひとりがみ)と成りまして、身を隠したまひき。次に國稚(くにわか)く浮きし脂(あぶら)の如くして、海月(くらげ)なす漂へる時、葦牙(あしかび)の如く萌え騰(あ)がる物によりて成れる神の名は、宇摩志阿斯訶備比古遅神(うましあしかびひこぢのかみ)。次に天之常立神(あめのとこたちのかみ)。この二柱の神もまた、獨神(ひとりがみ)と成(な)りまして、身を隠したまひき。上(かみ)の件(くだり)の五柱の神は、別天(ことあま)つ神。」〔倉野憲司校注『古事記』(岩波文庫)19頁〕。
 ■シャハンの引用
 これを先に提示したシャハンの引用と比べてみよう。
「次に国土がまだ若くて固まらず、水に浮いている脂のような状態で、水母のように漂っているとき、葦の芽が泥沼の中から萌え出るように、萌えあがる力がやがて神となったのがウマシアシカビヒコヂノ神であり、次にアメノトコタチノ神である。この二柱の神も単独の神として成り出で、姿形を現わされなかった。以上の五柱の神は、天つ神の中でも特別の神である。」〔シャハン『失われた十部族』220頁〕。
 これで見ると、シャハンは、「『古事記』からの引用」と言いながら、『日本書紀』のほうにある「一書に曰く、古(いにしえ)に國稚(くにい)しく地稚(つちい)しき時に、譬(たと)えば浮膏(うかべるあぶら)の猶(ごと)くして漂蕩(ただよ)へり。時に、国の中に物生(ものな)れり。状葦牙(かたちあしかび)の抽(ぬ)け出(い)でたるが如し。此に因(よ)りて化生(なりい)づる神有(ま)す。可美葦牙彦舅尊(うましあしかびひこぢのみこと)と号(まう)す。次に国常立尊(くにのとこたちのみこと)。次に国狭槌尊(くにのさつちのみこと)」とあるほうをも併せているのが分かる。
■『日本書紀』との比較
 ところで、『日本書紀』の冒頭では、次のような「天地のはじまり」が語られる。
「古(いにしえ)に天地(あめつち)未(いま)だ剖(わか)れず、陰陽(めを)分れざりしとき、渾沌(まろか)れたること鶏子(とりのこ)の如くして、溟滓(ほのか)にして牙(きざし)を含めり、其れ清陽(すみあきらか)なるものは、薄靡(たなび)きて天(あめ)と為り、重濁(おもくにご)れるものは、淹滞(つつ)ゐて地(つち)と為るに及びて、精妙(くはしくたへ)なるが合(あ)へるは搏(むらが)り易(やす)く、重濁(おもくにご)れるが凝(こ)りたるは竭(かたま)り難(がた)し。故(かれ)、天(あめ)先ず成りて地後(のち)に定まる。然(しかう)して後(のち)に、神聖(かみ)、其の中に生(あ)れます。」〔坂本太郎、他校注『日本書紀』岩波文庫(1)16頁〕。
  以下は、この部分にあたるシャハンの訳文である。
「昔、天と地とがまだ分かれず、陰陽の別もまだ生じなかったとき、鶏の卵の中身のように固まっていなかった中に、ほの暗くぼんやりと何かが芽生えを含んでいた。やがてその澄んで明かなものは、一つにまとまりやすかったが、重く濁った者が固まるには時間がかかった。だから天がまずでき上がって、大地はその後でできた。そして後から、其の中に・・・・・。」〔〔シャハン『失われた十部族』218〜219頁〕。
                   記紀の天地と国生み神話