東から西へ向かうキリスト教
(2021年2月12日)
日本には、縄文や弥生に始まる素朴な原初のアニミズムと、これと共存してきた宗教、すなわちシルクロードを経由して伝来した仏教の霊性が受け継がれています。アジアの最東端の日本では、仏教美術が高度な技術で保持されているのです。これは日本が、広大なシルクロード全域に及ぶ諸宗教、すなわち、オリエントの神話、ギリシア神話、ゾロアスター教、キリスト教、マニ教、仏教などの諸宗教、諸文化の最東端の到達点に位置するがゆえに生じた出来事です。このようにして、アジアの西域全体に及ぶ諸宗教と仏教の霊性が、世界でも希な縄文以来の素朴な豊穣神話を保持する日本人の神道と合流する地点に、日本の霊の民が居ることになったのです。
神は、「宗教する人間」(ホモ・レリギオースゥス)を愛して、御子をこの世にお遣わしになりました。御子の愛は、神道や仏教や様々の諸宗教の人たちをも心から愛することのできる力を帯びています。だが、これは、現生人類(ホモ・サピエンス)の能力を超える聖性を具えた愛の有りようです。それゆえ、御子の愛は、人の力を超えた「神からの愛」による救いなのです。このような愛は、御子を通じて「選ばれた」者にして初めて可能になります。その選びは、万人に開かれていますが、現実には、万人が、その選びに与るわけではありません。仏教徒をも神道の信者をも心から愛する霊性は、もろもろの宗教を真理へ導くように働く霊愛ですから、このように高度な愛は、御子のパラクレートスを通して初めて可能になるからです。逆に言えば、日本の霊の民の宗教は、いわゆる「異教徒」呼ばわりするキリスト教徒には不可能であるばかりか、そのような「異教憎し」の既成のキリスト教への厳しい批判ともなるものです。人類学的に見れば、御子の愛は、新人類を創造することにつながります。そこに働くのは、ホモ・レリギオースゥスに潜むあらゆる罪性を逆転させる目もくらむ神の絶対恩寵です。
20世紀の日本の敗戦までは、文化と宗教は、主としてシルクロードを通じて、西域から東端の日本へ行き着いて、そこで蓄積されてきました。ところが、敗戦によって初めて、神と文化の風は、今度は太平洋の東から吹いてきたのです。アジア大陸の東端に位置する日本は、その風を「大陸に先駆けて」最初に受けることになりました。そして、この日本から、新たに創造されるキリスト教徒を、今度は、東端からシルクロードの西域に向けて発信しようというのが、神のご計画なのです。西域から東端に達した宗教ではなく、逆に、東端から西域に向かって発信する日本の霊の民の時代が、このようにして始まろうとしています。地政学的に見れば、令和の日本は、東アジア・キリスト教圏の成立の起点となるものです。日本人の神学は、救済史と人類史を組み合わせることで、人類の進化へ向けて、新たな起点となるキリスト教を世界にもたらすことができます。これからの世界平和は、アジアの東端から啓ける。私は、こういう信仰を抱いています。
日本の霊の民へ