【注釈】
■マルコ4章
 マルコ福音書の3章までは、イエスによる病の癒しや悪霊追放など、その行動を語る記事が多かったのですが、ここ4章では、神の国についての譬えと、これの解釈が語られています。まず譬えそのものが語られ(1~9節)、次に譬えを用いて語る理由が弟子たちだけに告げられ(10~12節)、続いて譬えの意味が明かされます(13~20節)。この3部構成は共観福音書に共通していますが、福音書ごとに各部分の長さが異なります。おそらく譬えの部分は、共観福音書「以前」の共通する口頭伝承からでているのでしょう。譬えの解き明かしの部分は、譬えそれ自体よりも後の資料です。3部構成の全体をまとめて解釈することもできますが、あまりに長くなりすぎますし、ここは大事なところなので、3回に分けてそれぞれの部分を共観福音書で見ていきたいと思います。
[1]【再び湖のほとりで】「再び」とあるのは、これまでもガリラヤ湖畔で人々に語ることが多かったからです(1章16節/2章13節/3章7節)。湖畔は、会堂に入りきらない「おびただしい群衆」が集まって話を聞くのに便利だったからでしょう。
【船に乗って】ガリラヤのカファルナウム周辺では、丘が湖畔まで迫っていて、ゲネサレトなどの西岸に比べて岸の幅が狭く、このためにイエスは船の上から語ったのでしょう。原文の「海に座って」(直訳)という妙な言い方は、岸から少し離れていたからです。ガリラヤ湖畔で発見された当時の小舟には、舳先(へさき)と艫(とも)とに板張りの部分がありますから、イエスはそこに座って語ったのでしょう。座って語るのは当時のラビの慣わしでした。船は10人ほどが座れる大きさですから弟子たちもイエスと共に船にいたと思われます。
[2]【たとえでいろいろと】原語のギリシア語「パラボレー」は複数形で(英語の"parables")、ヘブライ語「マーシャール」の意味を受け継いでいます。「マーシャール」は、様々な譬(たと)えの形(直喩、換喩、隠喩/暗喩、諺、寓話、謎など)を含む広い意味で用いられます。イエスの行動とその言葉に対する人々の反応は、弟子たちからファリサイ派や律法学者たちにいたるまで様々でした。このような多様な人たちに霊的な「神の国」を伝えるためには、「譬え」が最もふさわしい語り方です。
[3]【聞きなさい】申命記6章4~5節では、「聞け、イスラエルよ」で始まり、「わたしたちの神、主は唯一である」から主なる神を全身全霊で愛するように呼びかけています。イエスの言う「聞きなさない」をこの呼びかけと関連させる解釈があります。そうだとすれば、イエスはここで、神を愛する心で語られる言葉を「聞く」ように注意を呼びかけているのです。神の言葉を「聞く」とは、「聞き入れる/聞き従う」ことです。
【種を蒔く人】実際の譬えは、種を蒔く「人」のほうではなく、種そのものについてです。しかし、原文を直訳すると人が種を蒔く「ことが起こった」(英語の"It happened that...")ですから、その場の出来事全体が「譬え」になっています。このような「譬え」の出し方は、ヘブライ独特の伝統です。ただし、このように、起こった出来事全体を比喩として提示しているは、マルコだけです。
 「種」には、子孫の意味(創世記3章15節「お前(蛇)の種と彼女の種との間に」)、小さな始まりを表わす意味(創世記15章5節「あなた(アブラハム)の種」/マタイ13章31節/同33節)があります。特にここではイザヤ書6章9~13節の「最後まで残る聖なる種子」と同55章10~11節の「一度神の口からでた言葉の種は必ず芽を出して成長する」とが、イエスの譬えの背景として注目されています。なお、第一ヨハネの手紙3章9節では、種は霊的な命を表わします。
【種蒔き】パレスチナの季節は大きく雨期と乾期とに分かれていて、雨期は10月半ば頃から翌年の3月頃(過越祭)までです。ただし年によって地域によって一様ではありません(死海周辺は雨が少ない)。通常雨が最も多いのは12月から1月の終わり頃までです。乾期は5月から6月にかけて始まり9月の終わり頃まで続きます。この間雨がほとんど降らないこともあります。
 10月に雨が降ると初めて土を耕すことができます。鋤(すき)は長く太い棒の先に鉄製の鍬(くわ)を取り付けてあり、棒の反対側に横木をつけて雄牛やろばなどに引かせて耕します。大きな鋤は2頭の牛/ろばで引かせます。人は、片手で鋤を握り片手に鞭をもって耕します。同じ場所に同時にふた種類の種を蒔くことは禁じられていたので、違う種を蒔く場合には、畑を溝や小路で区切りました。
 種蒔きは、雨期の前の「冬蒔き」と乾期の前の「夏蒔き」の2回で、冬蒔きは11月から12月にかけて、大麦、小麦などの麦類と、ソラ豆やレンズ豆など、また、新約の時代にはハッカやウンコウなども蒔かれました。蒔き方は種の種類によっていろいろで、手を広げてできるだけ広く蒔く場合と畝に蒔く場合があります(イザヤ28章24~25節を参照)。夏蒔きの場合は、1月から2月にかけて先に土を浅く耕します。種の種類は比較的少なく、ひよこ豆、米、瓜類などです。
 この譬えでは、種を蒔く畑がすでに耕されているのかどうかがはっきりしません。「石地」や「茨の中」とありますから、畑が耕される前に種が蒔かれて、その後で蒔かれた種を地中に鋤込むのでしょう。冬蒔きの時には、耕す前に種が蒔かれて、その後で、種と夏に干からびた雑草とが一緒に地中に鋤込まれます。夏蒔きの場合は、先に耕してから雑草が出るのを待ち、それが干からびてから種を蒔いて、再度耕して種を地中に鋤込むという手の込んだ作業が行なわれたようです〔ルツ『マタイ福音書』(2)注884頁〕。イザヤ書28章24~25節によれば、種蒔きの前後に二度耕されたようにも思われますが、エレミヤ書4章3節には先に耕してから種を蒔くようにとあり、『ヨベル書』11章11節にも「悪霊の頭マステマは、鳥や烏を送って地上に蒔かれた種をついばませて、地を滅ぼし、人間の労苦をさらわせた。耕して種を蒔きつける(鋤込む)前に烏が地表から種を集めて飛び去った」とあります。どちらにせよ、種が蒔かれた後で鋤込む作業が行なわれたのでしょう。なお耕さずに蒔く場合は、後で沃土を種の上にかけて害虫や熱さから保護しました。ただし、今回の譬えでは、畑がすでに耕されていたかどうかは、直接譬えの内容には関係しません。
[4]【道端に】種の種類によっては畑の端のほうに蒔く場合もありましたから、畑を区切る溝や小路に落ちる種もあったのでしょう。なお「道<端>」はアラム語のあいまいさから来る誤訳で、イエスの言葉は「道の上に」ではなかったかと思われます。
【ある種は】これは単数名詞です。以下に「道端」と「石地」と「茨の中」と3箇所に落ちた種は一粒ずつの譬えです。しかし「よい土」に落ちた「ほかの種」は複数ですから3粒がそれぞれに実を結びます。したがって全部で6粒の種の譬えが語られています(「種」を集合的に理解して、畑全体の収穫を意味するという説もありますが)。
【鳥が来て】種が落ちるやいなやすぐに鳥が来ることです。
[5]【石だらけの】パレスチナの土地は石が多く、特に北ガリラヤの丘陵地帯には全体が石で覆われている丘があります。畑の石拾いは大事な仕事でしたが、鋤が石に当たった場合に、どれくらいの大きさの石を除き、どの石を残すかまで決められていました〔『ミシュナ』「ゼライーム」(農耕に関する規定)3章7節〕。したがってここで「石だらけの地」〔単数名詞〕とあるのは、石がごろごろしている土地のことではなく、ごく薄い土が積もっていて、その下に石が多く残っている土地のことです。
【土が浅い】原文は「土が深くないので」。石地に腐葉土などが浅く積もっている場合のことでしょう。御国の御言葉を聞く人の心が頑なで御言葉の種が深く心に届いていないことを表わします。ヨハネ15章6節を参照。
[6]【日が昇ると】日の出と同時に枯れたのではなく、太陽が昇るにつれてその熱さのために根が枯れたのです。
[7]【茨の中】パレスチナにはいろいろな種類の「イバラ」がありますが、聖書の「茨」は大きくふた種類に分けられます。一つは「キリストイバラ」と呼ばれる樹木で(ヘブライ語「シェイザフ」、ギリシア語「アカンタ」)、クロウメモドキ科の一種です。枝のトゲはそれほど鋭くないのですが枝が長いので冠に編むことができます。キリストイバラは、エルサレム周辺に限られるようです。
 これに対して、ヘブライ語で「シラー」と呼ばれるトゲワレメコウは、背が低く鋭いトゲがあります。シラーはイスラエルのどこにでもあり、人手の入らない土地で日当たりがよい所では、すぐにはびこって、数年で地面を覆い尽くします(イザヤ34章13節/ホセア2章8節)。風が強い丘陵地帯では小さく育ちますがトゲが鋭く、雨期以外は灰色がかっています。シラーの根は薬草として用いることができます〔廣部智恵子著『新聖書植物図鑑』(教文館)34~35頁〕。ここで言う「茨」は、おそらくこの種類でしょう。
 イスラエルでは「茨の中に種を蒔くな」(エレミヤ4章3節)と言い伝えられていました。イエスの譬えでは、種は死んだのではなく実を結ばなかったのです。最初の種は発芽せず、2番目のは発芽しても枯れてしまい、3番目は育っても実を結ばなかったのです。
[8]ここには3種類の種がでてきます。全部で6粒ですから、実を結ぶのは半分しかないようにも思われます。実際この譬えは、始めの三つの種に焦点を合わせて説教される場合が多いようです。しかし、このような解釈はマルコの語り方の意図ではありません。先の三つは、「落ちた」「ふさいだ」「実を結ばなかった」と単純な過去形(アオリスト形)で語られていて、それぞれが「どうなったか」が示されています。しかし8節の「実をもたらした」は不定過去形で、これに「育つ」と「成長する」とが現在分詞で続いていますから、絶えず成長し続けていく様子を描き出しています。だから6つの粒の数による比率ではなく、成長して実を結ぶほうに譬えの主旨を読み取るべきでしょう。
 なお、ここでの倍数が、粒ごとの数なのか、ひと茎ごとの実りの数なのか、畑全体の収穫量のことなのか、諸説があるようです。メシアの到来の時には、収穫量が奇跡的に増えるという伝承を受けて、100倍は終末の奇跡を意味するという解釈もあります。しかしここでは、ごく自然に考えて、それぞれの種が結ぶ実の数のことでしょう。だから恵まれた地に生えた種によっては、100倍とあるのも決して不自然な数ではありません。
[9]譬えは、それを聞く者によって様々に理解されます。この種蒔きの譬えも、時代によっていろいろに解釈されてきました。アレクサンドリアの教父キュリロス(370/80~444年)は、「イエス自身が善の種を蒔く人であり、わたしたちはその畑であるから、どんな霊的な実もイエスを通して来る」ことを強調しました。またオリゲネス(185?~253/4年)は、100倍の実を結ぶ者とは殉教者のことだと解釈しています。中世のカトリック教会では、100倍の実とは純潔を守った聖職者のことだとされました。宗教改革の時代では、霊能者こそ100倍の実に値すると言われる一方で、ルターは、宗教改革的な国民教会において、神の御言葉に聴き従う者こそ100倍の実にふさわしいと説きました〔ルツ『マタイ福音書』〕。いずれにせよ、イエスは、様々な困難にありながらも、確かな信仰を持って御国の種を蒔き続けることが大事であって、それぞれの種が実を結ぶのは全く神の恵みによることを語っているのです。
 
■マタイ13章
〔構成について〕マタイ13章1節~52節までは、この福音書のほぼ中心に位置していて、神の国の理解にとても重要な意味を帯びています。マタイ5章~7章の山上の教えでは、御国を成り立たせている骨格とも言うべき教えが語られていて、これは「御国のかたち」と呼ぶことができます。これに対して、13章では御国についての一連の譬えが語られていますから、ここを「御国の譬え」と呼ぶことができましょう。
 ここでは、種蒔き、毒麦、からし種、パン種、畑の中の宝、真珠、網、家の主人の全部で八つの譬えが語られています。13章全体は、区分の仕方が幾つかあるようですが、あまり厳密な構成を求めないほうがいいでしょう。ただし、13章1~43節の部分は、35節を境に二つの部分に分かれていて、互いに対応した構成になっています。まず譬えが語られ(1~9節/24~33節)、次に譬えで語る理由が説明され(10~17節/34~35節)、それから譬えの内容が説明されます(18~23節/36~43節)。前半は民衆に対する語りかけであり、後半は弟子たちに対する語りかけになっていて、御国の霊的な意味が「語られ」「聞かれ」「理解される」程度が明らかに異なっています。
〔資料について〕マタイは、13章の前半ではマルコの種蒔きの記事をほぼ採り入れ、これにマタイの編集(省略や言い換え)を加えています。この点ではルカも同様です。マタイは、マルコの種蒔きの記事に続けて、毒麦と畑の中の宝と真珠と網と家の主人の譬えを置いていますが、これらはマタイだけの譬えです。おそらくマタイの教会へ伝えられた口頭の伝承から来ているのでしょう。なお、からし種の譬えは共観福音書に共通で、パン種の譬えはマタイとルカだけに共通していて、生長する種の譬えはマルコだけの譬えです(マルコ4章26~29節)。
 ここで『トマス福音書』(9)について触れますと、『トマス福音書』では、「種」が複数であることやその他の用語がマタイ福音書と共通しているところがあります。しかし倍数の順序はマルコ福音書に似ています。これは共観福音書の影響ではなく、別個に伝えられた伝承に基づくもので、このことは種蒔きの譬えがイエスにさかのぼることを示唆します。「天に向かって」とあるように、地上よりも天上を重視するグノーシス的な傾向も見られ、また「虫」の例など後からの加筆が見られます。
[1]~[2]【家を出て】マタイ12章46節と13章36節から判断すると、「家」とはカファルナウムのペトロの家のことでしょう。
【座っていた】教える時のラビに習慣ですから、イエスは人々に神の国について教えを語るために「家から出かけた」のです。
【大勢の群衆】この「群衆」についてはマタイ4章25節を参照してください。マルコ福音書では、イエスは船で湖の上にいて、群衆のほうは「湖畔の陸地にいた」とあって、湖と陸地とが対照されています。マタイ福音書では「座っていた」と「立っていた」とが対照されていて、教えるイエスと聞く群衆との関係が見えてきます。
[3]【多くのことを語る】マルコ福音書では「いろいろな譬えで彼らに教え、その教えの中で言った」とあるのが、マタイ福音書では「譬えでいろいろと語って、こう言った」とまとまった言い方になっています。「譬えで多くのことを語った」〔新共同訳〕〔塚本訳〕とあるのは「さまざまの譬えを使って多くのことを語った」〔岩波訳〕とも訳されています。原文は「多くのこと」を「譬えで語る」のか、「多くの/さまざまな譬えで語る」のか、どちらの意味にもとれます("And he told many things in parables."[NRSV])。原文の語順は、マタイ福音書では"told them many in parables" で、マルコ福音書では "taught them in parables many" です。内容的にそれほど違わないのですが、「譬え」と「中身」との関係が微妙に違ってきます。
[4]【ある種は】マルコ福音書の「~ということが起こった」は省略されています。マルコのほうはヘブライ的な言い方です。マタイでは「ある種」が、以下のどの場合でも複数でマルコの単数とは違っています。したがって、マルコ福音書のように1粒ずつのことではありません。
[5]【石だらけの土】マルコ福音書では、蒔かれる種が単数ですから、その土地も単数名詞ですが、マタイ福音書では種が複数だから土地も複数名詞です。意味は変わりません。
[7]【茨の間に】マルコ福音書は「茨の中に」ですが、マタイ福音書では「茨の間に/上に」です。英語では"into"と"on"の違いです。マタイの茨の「上に」は少しおかしいのですが、おそらくマタイは、「ほかの種」を全部複数で一致させているのと同じように、前置詞も5節の「石地の上に」と一致させたのでしょう。またマルコは「閉塞した/窒息させた」と強い言い方にしていますが、マタイは「塞いだ」と通常の言い方です。
[8]【あるもの】単数ですから、よい地に落ちた幾つかの種は、一つは100倍、一つは60倍、また一つは30倍になったのです。ここでは、100倍から30倍へと順序がマルコ福音書と逆になっているのが注目されます。マルコ福音書では、始めの三つの種が悪い例で、これに対して善い例が、30倍から100倍へと右肩上がりになっています。最後が最も望ましいのは言うまでもありません。おそらくここでのマタイの意図は、善い例にこのような序列をつけるのではなく、それぞれの種がそれぞれに与えられた状況の中で善い実を結んだことを言いたいのでしょう。なおマタイはマルコの「芽生え、育って」を省いてより簡明にしています。
[9]ここでもマタイは、マルコの言い方をより簡潔に言い換えています(11章15節/13章43節)。
 
■ルカ5章1~3節
 ルカ8章の種蒔きの譬えに入る前に、ルカ5章のイエスの湖畔での宣教について見ておきます。ルカは、5章1~10節で、イエスの湖畔での説教と大漁の奇跡とペトロの召命と、この三つを組み合わせてひとまとめにして語っています。ルカは、ペトロの召命記事をマルコ1章16~17節から採り入れ、湖畔の船上での説教はマルコ4章1~4節から召命記事へ移しています(ルカなりの編集を加えていますが)。ガリラヤ湖畔での大漁の奇跡はルカ福音書5章とヨハネ福音書21章5~6節にでてくるだけです。確かではありませんが、イエスの復活顕現とペトロの召命とが結びついたヨハネ福音書のほうが、ほんらいの伝承ではなかったかと思われます。しかし、ルカ福音書でも、大漁の奇跡がペトロの召命と結びついていますから、おそらくルカは、ガリラヤ湖畔でのイエスの宣教と大漁の奇跡とペトロの召命とを「湖畔の出来事」としてひとつにまとめたのでしょう。
 ルカ5章1~3節を今回の種蒔きの譬えの始めに置いて見ると、イエスがどのようにして船に乗り込んだのか、そのいきさつがよく分かります。また、ルカがここで、イエスが「神の言葉」"the Word of God"を語ったと述べているのが注意をひきます。この言い方はマタイ福音書(15章6節)とマルコ福音書(7章13節)とヨハネ福音書(10章35節)にそれぞれ1度ずつでてきますが、ルカ福音書では4回(5章1節/8章11節/同21節/11章28節)、使徒言行録では14回もでてきます。「神の言葉」は、特に復活以後の弟子たちの宣教の内容を伝えるためにルカが用いる用語です。だから、今回の記事でも、イエス自身の御国の宣教とイエス復活以後の弟子たちの宣教とが重ね合わされていると見ることができます。「神の言葉」は、内容的には「神の出来事」に通じます。イエスの譬えが「神の出来事」として語られることは、種蒔きの譬えを理解する上でとても大事な洞察を与えてくれます。「出来事」という視点は、5章1節の出だしが「~という<こと>が起こった」"It happened that..."で始まることにも示唆されます。ルカは、湖畔と船の場面を5章へ移しましたから、ルカ8章の種蒔きの譬えには、マタイやマルコに見られるこの場面がでてきません。
[1]~[3]【ゲネサレト湖畔】ゲネサレト(現在のゲノサレ)は、ガリラヤ湖の北端にあるカファルナウムから湖沿いに南西に下った所にあり、かなり広い平野が開けています。マルコ福音書にはガリラヤの「海」とありますが、ルカは「湖」を用いています。
【網を洗って】マルコ福音書ではペトロ(シモン)たちは「網を打って」いたとあります。ルカが「洗って」に変えたのは、漁がすでに終わったことを表わすためでしょう。
 
■ルカ8章
[4]ルカは、7章1節~8章3節までは、マルコ福音書から離れて、イエス様語録と彼独自の資料(ナインのやもめや罪深い女性の赦し)から語ってきました。ここで再びマルコ福音書に戻ります。ただしルカは、マルコ福音書と異なり、イエスの家族についての記事を種蒔きの譬えの後に置いています。種蒔きで「神の言葉」について語り、続いて灯火の譬えで、御言葉を「聞くこと」に注意をうながし、その後にイエスの家族の出来事を置いて、真の家族とは「神の言葉を聞いて行なう人」のことであると結んでいるのです。だから8章4節~21節までは、一貫して「神の言葉」について語られているのが分かります。4節の原文では「すでにイエスの傍に大勢の群衆がいて、その上、方々の町々からイエスを目指して続々と人々が集まってくるので」という状況です。この場面設定を上の5章1~3節と併せるとルカの描く湖畔の状況がよく分かります。
【たとえを用いて】「譬えを<通じて>」とやや異例な言い方をしています。ルカも通常は「譬えで」と言いますから(8章10節)、ここでは、話の内容よりもイエスが譬えで語ったそのこと自体に注目しているのです。後で譬えの「解き明かし」も出てきますから、そのことをも意識しているでしょう。ルカはマルコの「いろいろなことを」を省いています。
[5]【種蒔きに】原文は「種蒔く人が<自分の種を>種蒔きに出て行った」で、ルカだけが「種を」を入れています。蒔く人(イエス)ではなく、種そのものに譬えの重点を移しているのです。ルカの関心は、種蒔く人イエスのほうよりも、イエス復活以後の教会が、神の言葉としての「種」を宣べ伝えることに向いているのです。
【人に踏みつられ】この句はマルコにもマタイにもありません。ルカはここで、人々が通る固い路のことを考えているのでしょう。パレスチナでの農耕の方法や種がどんな仕方で蒔かれたかではなく、神の言葉としての種に起こる出来事のほうに関心が向けられています。
【空の鳥】「空の」はルカだけです。「空の鳥」はより聖書的(ヘブライ的)な言い方だからでしょう(創世記1章26節/28節)。
[6]【石地に】原語は「岩石」〔単数名詞〕です。マタイとマルコは、石地の上に土が薄く積もった土地を考えているのですが、ルカのほうはごく薄い土をかぶった大きな岩か石の上に種〔単数名詞〕が落ちた場合を想像しているようです。だから「芽が出るやいなや水気がないので枯れてしまう」のです。「ほかの」とある原語もマタイとマルコの用語とは異なっていて、「岩/石」あるいは「水気」も異なり、「太陽が出ると」なども省略されていますから、ルカはこの部分をかなり書き換えています。
[7]【一緒に伸びて】複数の茨の「間に/中に」落ちたとありますから、種はある程度まで茨ともども「一緒に伸びた」のです。これもルカなりの書き換えです。
[8]ルカはマタイとマルコの「<良い>土地」の代わりに「<善い>土地」としています。「芽を出し」も「百<倍>」も「産み出した」もルカだけで、正しく倍数を用いて整ったギリシア語にしています。「良い」→「善い」としたのは、これが倫理性を帯びた譬えであることを意識しているのかもしれません。ルカは実りの多様なことを省略して、100倍だけをあげています。これを終末的な神の奇跡的な実りのことだと見る解釈もありますが、ルカの場合はそうではなく、むしろ、誠実な心で神の言葉を守り抜くなら、神はその人を豊に祝福してくださることを明示しようとしているのです。
[9]【大声で言われた】マルコの「言った」に対してルカは「声をあげて言っておられた」と継続的な過去形ですから、イエスは一度ならず9節の言葉を人々に呼びかけていたことになります。
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