【注釈】
■マタイ13章47~50節
 前回に続いて三つ目の譬えは、先の毒麦の譬え(36~43節)と内容的にも用語の点でも共通します。ただし、毒麦のほうでは「正しい人たち」の最後が語られていますが、地引き網のほうは「悪い者たち」の最後についてです。この譬えもイエスにさかのぼると考えられますが、マタイによる編集の手が加えられていると見られています。
[47]【網】ガリラヤ湖では、1艘の船から一人か二人が網を投じて漁をする「投網(とあみ)」が普通でした。しかし、2艘の船の間に張られた長い網(あみ)を両方の船が引く「底引(そこびき)網」漁もありました(マタイ4章18節の場合はこれか?)〔ルツ『マタイ福音書』〕。しかしここ47節では、「(網を)岸に引き上げた」とありますから、綱(つな)付きの長い網(あみ)を船で沖へ運び、陸からその綱を引き寄せる「地引(じび)き網」漁のことかもしれません。ガリラヤ湖の底引き網/地引き網は、左右の長さが約250~450メートルあり、幅が約2メートル(海中での深さ)です〔ルツ『マタイ福音書』462頁〕。網(あみ)の両端にロープが付いていて、網(あみ)の上端に沿って浮かせるためのコルクや軽い木が取り付けられており、反対側の下の部分に沿って網が沈むための錘(おもり)が付いていました。地引き網漁では、網は船で沖へ運ばれ、陸地から引き寄せます。なお「海に網を打つ」(原文)はマタイの言い方です(マタイ4章18節)。
【いろいろな魚】原語は「すべての魚」です。イエスはパレスチナを越えた世界をも視野に入れていたのでしょう(エゼキエル書47章10節の預言を参照)。マタイはこれに、ユダヤ人だけでなく異邦人(=諸民族)への宣教をも重ねています。一説によるとガリラヤ湖には24種類の魚がいたそうです。
[48]原文は「一杯になった」「引き上げた」「集めて入れ物に入れた」「投げ捨てた」とすべて過去形です。続く49~50節がすべて未来形なのと対照的です。「集める」は13章24~47節の間に6回でてきます。世界中の民が御国の宣教の網にかかるからです。また「外へ投げ捨てる」はマタイ特有の言い方(5章13節)ですから彼の編集です。
【いっぱいになる】原語は「満ちる」ですから、福音が全世界に広まって終末の時が「満ちる」という意味をここに読み取ることも可能です(マルコ1章15節/ルカ21章24節参照)。
【良いもの】ここでの「良いもの」と「悪いもの」については、旧約の「浄/不浄」の意味にとる説(レビ記11章)、「食べられる/食べられない」の意味、「値打ちがある/ない」など解釈がいろいろあります。「悪い」の原語は食べ物が「腐って値打ちがない」という意味ですから、「役立たない塩」のたとえにあるように、魚として「値打ちがある/ない」の意味でしょう。要するに良い魚を「選り分け」、悪い魚を「より分ける」基準となる「価値観」のことです。ここでは、その魚の価値が、神とイエス様による「値踏み」で決まるのです。
[49]~[50]49~50節は40~42節と内容的に共通します。ただし、43節では「選(え)り分けられた」正しい者たちのことがでてきますが、49節では天使たちが悪い者たちを「より分ける」ことが語られます。終末の時の「より分け」についてはマタイ25章32節にもでてきます(「終末」については13章40節の注釈を参照)。「正しい人々の間にいる悪い者たち」とあるのも真正の麦の中に混じる毒麦の譬えと重なります。また「泣きわめいて歯ぎしりする」もマタイが良く用いる言い方です(マタイ8章12節/13章24節など)。
 マタイ福音書では、ここの二つの節のように、終末の裁きにおける「厳しさ」が、特にユダヤ人に向けて語られています。エルサレム陥落から間がないマタイの教会には、ユダヤ人キリスト教徒たちが多くいたと思われます。彼らの中には、70年頃のユダヤの滅亡を体験した人たちも多数いましたから、「神の裁き」の厳しさを身をもって体験したことでしょう。マタイの教会には、ユダヤ人キリスト教徒と異邦人キリスト教徒と両方がいました。マタイは、ユダヤ人へ神の厳しい裁きが降ったことを踏まえて、たとえ「御国の民」と呼ばれていても、終末には、全世界の人々だけでなく、キリスト教徒と呼ばれる「教会の民」にも、先にユダヤ人に臨んだのと同じ厳しい裁きが降ることをを警告しているのです。
 なお、『トマス福音書』(8)は、内容的にマタイ47~52節とは別個の伝承から出ていると考えられます。『トマス福音書』のほうは、「とりわけ良い一匹の魚」のことが注目されていますが、これはグノーシスによって到達する人間の本来的自己を暗示するものです。別個の伝承からと言いましたが、おそらくマタイ福音書への伝承のほうが『トマス福音書』のそれよりも以前だと思われます〔デイヴィス『マタイ福音書』〕。
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