【注釈】
■マルコ14章
今回の箇所は、最後の晩餐とゲッセマネでの祈りの狭間にあたります。これまでイエスについて語られてきた預言が、ゲッセマネから、受難の現実になり始めます。受難の出来事は、先ず一人の弟子の裏切り予告に始まり(14章18節)、最後の晩餐があり(同22~25節)、弟子たち全員の棄教が予告され(同26~27節)、ペトロへの否認予告がなされ(同29~31節)、ゲッセマネの祈りが来ます(同32~42節)。その後で、ユダの裏切り予告が実現し(同43~49節)、弟子たちの棄教が実現し(同50~51節)、最高法院の議場の中庭で、ペテロの否認が実現します(同66~72節)。以上を、マルコ福音書全体から見ると、イエスの真意を悟ることができない弟子たちの脆弱(ぜいじゃく)と、対照的に、出来事が終始イエスによってコントロールされているとうマルコの意図が見えてきます[France. The Gospel of Mark.573--574.]。
 [26]【賛美の歌】ユダヤ教の『ミシュナ』(紀元70年以降)の「ペサヒーム」(過越の食事)の巻の第10章に出ている規定によれば、食事の前では(第三の杯の前)、詩編113篇と114篇が謡(うた)われ/朗唱され、食事の後で(第四の杯の前)、115篇~118篇が謡(うた)われるとあります[R.T. France. The Gospel of Mark. The Paternoster (2002)574.][長窪専三・石川耕一郎共訳『ミシュナ』(II)モエード:教文館(2005年)205頁(注)194参照]。
【オリーブ山へ】マルコ14章1節と3節によれば、最後の晩餐の前日には、一行はベタニアに居たことになりますが、この26節によれば、晩餐の後では、エルサレムの城壁の外にあるオリーブ山(の麓)まで行き、そこに留まったことになります。そこは、エルサレムの城壁の外側で、ゲツセマネに近く、市の東北側になります。おそらく、ろばに乗るために、イエスが二人の弟子を使いに出した所でしょう。そこから、一行は、人々に迎えられてエルサへの入場を行ないました(マルコ11章1節~10節)。現在知られている最後の晩餐の場所は、エルサレム市内の南西区域にあたりますから、エルサレムの城壁の東側に位置するオリーブ山までは、歩くとかなりの距離になります。晩餐の後で祈りのためにその場所へ行くことが、ユダの居る間にすでに決められていたのでしょう。
[27]【つまずく(だろう)】原語の「スカンダリゾー」は、他動詞で、「罠にかける」「躓(つまず)かせる」「(邪魔することで)挫折させる」です。ここは、動詞の受動態未来形で、受動態では、「躓く」「挫折する」と意味が自動詞になります。英訳では、ここを後半の「散らされるだろう」合わせて、“You will all become deserters."(NRSV): “You will lose faith.”(REB). のように、「棄教者たちになるだろう」「信仰を失うだろう」と意訳しています。
 なお、27節の前半のイエスの言葉には、「あなたがたはつまずくであろう」(英訳)という短い読みと「あなたがたは、<今夜><わたしに>つまずくであろう」という長い読みとがあります。長い読みは、ここと平行するマタイ26章31節を取り込んだ後からの編集でしょう[Adela Y. Collins. Mark. Hermeneia. Fortress Press (2007)657.]。日本語では、短い訳もあり(岩波訳/フランシスコ会訳)、「わたしに」を入れる訳(聖書協会訳)もあります。「わたしに」は、比較的多くの写本で用いられていて、入れるほうが内容的にふさわしいからでしょう。
 「つまずかせる」は、マルコ9章42~47節にも出てきます。しかし、今回(27節)の「(わたしに)つまずく」は、特別の意味を帯びていて、弟子たちが、イエスの弟子の資格を失って「散り散りにされる」という厳しい出来事を指します。にもかかわらず、彼らは、イエスの復活によって、「倒れても再び立ち上がる」時が来ると告げられます。ただし、ゲッセマネに向かう段階では、弟子たちに、まだ、そのような明るい見通しは見えません。
【羊飼を打つ】ここは、ゼカリヤ書を踏まえています。ゼカリヤ書からの引用は、マルコ11章7節の「ろばに乗って訪れるメシア」(ゼカリヤ9章9節)、マルコ14章24節の「契約の血」(ゼカリヤ9章11節)、マルコ14章27節の「打たれる羊飼と散らされる羊の群れ」(ゼカリヤ13章7節)の三つがあります。ゼカリヤ書13章7節の七十人訳(ギリシア語)は、次の通りです(筆者意訳)。
   長剣よ、抜き放たれよ!
   私の牧者に向かえ
   私と共にあるべき者に。
   全能の主は言われる
   「牧者を打て!
   羊の群れを引き出せ。
   私の手が小さき者たちに臨む。」
 ゼカリヤ書がここで言う、主の裁きを受ける「牧者」とは、「役立たずの牧者」のことです(ゼカリヤ11章4~5節)。なお、「羊の群れを引き出せ」のヘブライ語原典のほうは、「そうすれば、彼ら(羊の群れ)は散り散りになる」です。神の裁きは、この偽りの牧者と、彼に率いられるイスラエルの民に臨みます。ところが、イエスは、ここで、ゼカリヤ書が語る歴史的な背景を「より広げて」(下記を参照)引用しています。だから、自分を「偽りの牧者」と見なすのではなく、「私と共にあるべき者」とあるように、自らを「神に指名された代理人」として厳しい受難に臨む者と言い表しています(John Nolland. The Gospel of Matthew. NIGTC.Eerdmans (2005). 1089--1090)。
 ゼカリヤ書の9章~14章の部分は、第二ゼカリヤ書(前4世紀~前2世紀に成立)と呼ばれ、独特の謎めいた預言が語られています。マルコ福音書の三番目の引用にあたる「打たれる牧者」は、ゼカリヤ書13章からで、この13章の冒頭では、「その日」(終末を表す)に、イスラエルの民のために、「罪と汚れを清める一つの泉」が開かれると「メシア到来の預言」が告げられます。しかし、「その日」が来る前に、民を欺(あざむ)く偽預言者たちへ裁きが下りますが、その裁きに対応するかのように「メシアの受難」が予告されます[France. The Gospel of Mark. 575--576.]。さらに、ヤハウェ自らが「私の牧者」と呼ぶ指導者についても、「剣よ、その牧者を打て!そうすれば、その羊飼の羊の群れが散らされる」という厳しい言葉が告げられます。これは、人々に受け入れられずに受難にいたる「拒(こば)まれたメシア」像です。ゼカリア13章7~9節は、とりわけ謎めいていて、ヤハウェが「私の羊飼」と呼ぶ民の指導者が、主の命令によって「剣で打たれる」ことで、民の三分の二が滅び、残る三分の一が、試練を経て生き残るという預言です。「残りの民」は、最終的な滅びにいたらず保たれますが、今回のイエスの言葉には、まだ、そのような幸いな結果を読み取ることができません。
[28]【復活する】マルコ福音書の三つの受難予告(マルコ8章31節/同9章31節/10章33~34節)は、どれも、3日後の復活で終わっています。最後の晩餐での「死の杯」に始まり、神の国で終末の杯を飲むまでの期間、新たな生き方を希望で満たすのがイエス復活の出来事です。イエスが、その復活後に「ガリラヤへ赴く」のは、そこで、再び弟子たちが共に集められることを意味しますから、27節と28節とは、「散り散りになる」から「集められる」へ「対称し対照します」[France. The Gospel of Mark. 577.]。
 「復活する」のギリシア語の原語には、「アニステーミ」と「エゲイロー」の二つがあります。「アニステーミ」は、マルコ9章31節(アオリスト能動態の不定詞)と10章34節(3人称単数で未来形の中動態)にでていますが、今回の28節は、「エゲイロー」のアオリスト受動態の不定詞で、「神によって復活させられること」を意味します。二つの動詞はほとんど同意語ですが、「アニステーミ」のほうは、イエス自身のうちに「復活の力」が働くことを強く意識しているという説もあります[France. The Gospel of Mark. 576.]。
【ガリラヤへ行く】「行く」は「赴(おもむ)く」ことで、この動詞は、羊飼が、羊の群れの先頭に立って毅然(きぜん)として歩む姿を思わせます。ここのイエス復活後に「ガリラヤ へ赴く」は、マルコ16章7節へつながります。ガリラヤは、イエスと弟子たちにとって、言わば故郷であり、希望の地です。これに対して、エルサレムは、イエスにとって「拒絶と死」の受難の地です。エルサレムは、マルコ3章22節と10章32~33節に出てきますが、ガリラヤは、14章28節と16章7節に出てきて、二つは対照的に用いられています。
 なお、イエスの言葉に、「羊は散ってしまう」とあり、「わたしは復活した後、あなたがたより先にガリラヤへ行く」とあることから、弟子たちは、イエスの逮捕直後に、女性たちだけをエルサレムに残して、早々にガリラヤへ逃げ去った。こういう想定が現在でも行なわれていますが、この想定は、共観福音書の記述とは異なっています。
 マルコによるここの記事の資料には、歴史的な出来事が多分に引き継がれている思われますが、28節が語る歴史性は、その「具体的な内容」が問われています。「ガリラヤに先立って行く」が問題を起こすからです。イエスは、かつて自分が宣教したガリラヤで、弟子たちも新たな宣教を再開するよう予言したのでしょうか? この点で、ルカの記述では、エルサレムが重視されています。おそらく、ここは、ガリラヤでも弟子たちへの復活顕現が与えられることを預言しているのでしょう(John Nolland. The Gospel of Matthew. NIGTC.Eerdmans (2005). 1087--1088)。この問題は、マルコ16章14~18節の箇所で取り扱います。
[29]ペトロは、ここで、弟子たちを代表して語っていますが、とりわけ、ペトロの自己過信(自己決意?)に焦点が当てられています。また、読者には、14章66節以下のペテロによる否認の出来事への心積(こころづも)りが与えられます。ペトロが言う「たとえ(みんなが)つまずいても」は、動詞(原語は「スキャンダリゾー」)の3人称複数の受動態未来の直説法ですから、字義通りには「躓かさせられることになるだろう」です。彼は、他の弟子たちのつまづきの可能性を現実のものと考えていたのでしょう。
[30]マルコだけが、鶏が「二度」鳴いたと記しています。これについては、マルコの資料が、ペテロ自身が語った実際の体験に基づいていたので、ペテロが体験したありのままの出来事が漏らさずに記されていたとも考えられます。これに対して、マタイとルカのほうは、「(鶏が)二度鳴く」という生々しく不必要な(?)重複(ちょうふく)を避けて、単純に「鶏が鳴く前に」としたのでしょう[France. The Gospel of Mark. 579.]。
 この説明に対して、「二度鳴く前の三度の否認」という修辞的な言い方は、いかにもイエスらしいレトリックで、実際のイエスの言葉を伝えていると想定することもできます。「鶏でさえ、夜明け前に二度の目覚めを告げるのに、ペテロよ、あなたは、自分自身の弱さへの無知から目覚めることなく、三度も否認を繰り返す」というわけです。三度の否認は、「弱さ」というより、「背教」あるいは「棄教」に近いと言えます。ちなみに、一羽の鶏が、明け方に二度鳴くことは、決してありえないことではなく、一羽が鳴くと、近所の他の鶏がこれを受けてもう一度鳴くとも考えられます[前掲書]。
【鶏が鳴く】イエスの頃のエルサレムでは、ローマ軍団による「夜の見張り」が行われていて、夜明け前の第三の見張り刻(こく)では、(見張りの交代を告げる)トランペットが鳴らされました。このトランペットの響きのことを「鶏が鳴く」と呼んでいました。これを指しているとすれば、「鶏が鳴く」は比喩的な言い方になります。
[31]イエスの警告に対するペトロの抗弁は、ペトロをはじめ、弟子たち一同が、ここにきて、ようやく、「イエスの死」という受難の深刻な出来事を自覚したことを表します。しかし、ペトロも他の弟子たちも、まだ、イエスが告げる「復活」の意味を悟ることができません。それゆえ、ペトロは、「あなたと共死にする」(原語の直訳)と主張することで、「イエスの死」に対応する自分の決意を告白するのです[France. The Gospel of Mark. 579.]。
【つまずく】食事の最中での「(ユダへの)裏切り予告」は、弟子たち一同に、思いもよらない驚きをもたらしました。「裏切り」が能動的な行為であるのに対して、「つまずき」は、「散り散りにされる」という受動的な体験であることに注意してください。
■マタイ26章
[30]今回の箇所で、マタイは、ほぼマルコの記述に準じています。
【オリーブ山】オリーブ山は、エルサレムの郊外になります。過越の祝いは、「エルサレム」で行なわれるべき祭儀です。しかし、過越の祝いの場合は、「エルサレム」の範囲が特別に拡大解釈されて、オリーブ山の西の麓も「エルサレム市内」に含まれました。なお、「オリーブ山」と言えば、かつて、息子のアブサロムに裏切られたダビデ王か、「泣きながらオリーブ山の坂道を上っていった」(サムエル記下15章30~31節)とある姿をマタイはここでイエスとその一行に重ねているという説がありますが(W.D.Davies and D.C.Allison. Matthew 19--28. ICC. T & T Clark:1997.475.)、イエスの毅然とした姿から見れば、この想定は受け入れられません(John Nolland. The Gospel of Matthew. NIGTC. Eerdmans :2005.p.1088.(注)148.)。
[31]マタイは、マルコの記述を次のように変えたり付加したりしています。「そして」→「そのとき」/「あなたたち(全員)」/「今夜、私に(つまずく)」。なお、この節は「それから/そのとき」(ギリシア語「トテ」)で始まりますが、この「トテ」については、189章のマタイ26章14節の注釈をご覧ください。
【今夜】マタイは、マルコの「今日、今夜あなたは」を「今夜」だけに変えて、簡潔にしています。過越祭の「今夜」は、エルサレムから離れたベタニアへは戻らないで、オリーブ山の麓で過ごすという意味でしょう。それだけでなく、「羊が散らされる今夜」は、弟子たちには、もう眠るいとまがないことも示唆します(Nolland. The Gospel of Matthew. 1088.)。「そのとき」と「今夜」が、直前の主の聖餐制定に続いていますから、主の聖餐制定は、私たちが想起すべき「記念」だけでなく、これから起こる受難への「預言」にもなります(W.D.Davies and D.C.Allison. Matthew 19--28. ICC. T & T Clark:1997.475.)。
【つまずく】マタイ11章6節/同13章57節を参照。
【羊の群れ】マタイは、「多数の羊」の意味ではなく、イスラエルの民全体を表象する「羊群」を指しているのでしょう(ノウランド前掲書)。ゼカリヤ書とその13章7節については、先のマルコ13章27節の注釈を参照してください。
[32]この節にも、ゼカリヤ書13章7~9節が反映しています。マタイは、それをさらに拡大解釈して、「散らされた羊たち」が、「私(イエス)が復活した後で」再び集められることで「復興する」ことを言おうとしています。イエスが「先頭に立ってガリラヤへ進む」のは、失われた羊たちが再び「立ち上がる」ためです(ヨハネ10章1~5節を参照)。「ガリラヤへ行く」は、マタイ26章32節/同28節/28章10節の三カ所で繰り返されて、そこへ行く目的が、かつてイエスがガリラヤで行なった宣教の業が、再び弟子たちを通じて行われるためです。マタイ福音書では、ガリラヤで、イエスの弟子たちへの宣教命令が発せられますから(マタイ28章16~20節)、ガリラヤへ戻ることで、新しく始まるのです(Nolland. The Gospel of Matthew.1090.)。
[33] マタイの記述では、ペトロは「(たとえ皆が)あなたに(つまずいても)私だけは決して~しない」と語気を強めています。ペトロのこの「自己過信」は、彼に逆の効果をもたらします(Nolland. The Gospel of Matthew.1090.)。
[34]マタイの記述には、マルコの「あなたは今日、今夜」がなく、マルコの「(鶏が)二度鳴く前の三度の否認」という生々しい言い方を避けています。マタイは、この段階でのペトロへの否認予告の厳しさを(マルコの記述に比べると)やや抑えているように見えます。しかし、マタイは、後の26章69節~75節では、否認の出来事を生々しく語るのです。ここ34節に比べると、26章69節~75節で、マタイは、おそらく、先のマタイ10章32節~33節のほうを念頭に置いていると思われます。なぜなら、ここ34節では、マタイは、マルコに倣(なら)って、動詞の「アパルヌーマイ」(断固否定する)を用いていますが、 後の26章69節~75節では、マタイは「アルヌーマイ」(打ち消す/取り消す)へと動詞を変えています(70節/72節)。「アルヌーマイ」は、マタイ10章33節でも二度繰り返されています(Nolland. The Gospel of Matthew.1091.)。
[35]ここでマタイは、再び「ペトロ」を「弟子たちの代表」としてあげて、「あなたと一緒に死ぬ」という強い言葉を吐かせています。ペトロは、すでに「イエスの死」が起こることを読み取っています(マタイ16章21~23節と比較)。この応答は、ペトロの「自己欺瞞」というよりも、彼の「志誠心」を感じさせます。弟子たちも皆、「同じように言った」とあるのは、弟子それぞれの言い方で応えたという意味でしょうか(Nolland. The Gospel of Matthew.1091.)。
■ルカ22章
 ルカの今回の記事では、これに先立つ「弟子たちの中で誰が一番偉いのか」という話題が尾を引いていますから、「この問い」に対する「テスト」という意味合いを帯びてきます( Fitzmyer, The Gospel According to Luke X--XXIV. 1421--1423.)。今回のルカの記事には、マタイとマルコに出てくる「羊群のように散らされる」(ゼカリヤ書13章7節)という引用はありません。その代わりに、「シモン」が、サタンによって「ふるいにかけられる」という誘惑と試練に出逢うこと、それでも、彼は、イエスの祈りによって支えられるという予告が来ます。だから、「背教と自己主張と裏切り」は、最後の晩餐の場面全体に流れていて、ペトロへの否認予告で、それが頂点に達しますが、イエスの祈りによって、ペトロがサタンの罠から守られるという予告は、晩餐の終わりに「新しい光」を投与します。なお、マルコ14章では、ペテロのイエスへの抗議が、29節と31節の二度にわたっていますが、ルカでは、22章33節の一度だけで、ルカでも、弟子たちの間で、ペトロが際立っています。ペトロのこの指導的な役目は、イエスの復活顕現に接した後のエルサレムでの彼の説教において成就されます(使徒言行録2章14節以下)。
[31]ルカ22章31~32節は、ルカ以前の伝承に基づくルカの独自資料(L)からでしょう。「見よ!/注意せよ!」や「サタン」などは、ルカなりの編集だと見る説もありますが、「見よ!」で始まるのもルカの資料からで、「シモン」とあるのも、ルカ以前の資料からだとする説もあります(I.Howard Marshall. The Gospel of Luke. NIGTC. Eerdmans: 1978. 820--21.)。
【シモン】イエスからの二重の呼びかけは、おそらく、ルカではなく、その資料からでしょう(Marshall. The Gospel of Luke. 820.)(F. Bovon.Luke 3. Hermeneia:2012. 177)。これに続いて、「あなたがた」と複数が来るのも資料からで、「あなたがた」は「あなたがた全員」という意味です。ルカは、「使徒たち」が、「早々と逃げ去る」ことをせず、イエスへの忠実を「失わなかった」ことをも示唆しようとしているようです(Marshall. The Gospel of Luke. 820.)(Bovon.Luke 3. 177--178.)。
【サタン】「サタン」は、ここで、イエスに向かうよりも、弟子たちに向かっています。ヨブ記1章6節~12節にあるように、サタンは、神に向かって、弟子たちを試練にかける「神からの認可を要求」しています。これが、ほんらいの「悪魔的な」働きの意味でしょう。「要請した」が動詞のアオリスト形なのは、その要求が聞き入れられたことを指すのでしょう。
【ふるいにかける】ここは、アモス9章9節を反映しています。ルカでは、イエスのほうから、先にペテロと弟子たちに告げていますが、「ふるいにかける」は、弟子たちの「信仰を試す」という意味だけでなく、「よけいなもの/偽信者」をほんものから「選り分ける」という意味も含んでいます(Marshall. The Gospel of Luke. 820--21.)。
[32]ルカは、弟子たちの棄教を強調することをためらう傾向があります。だから、ルカ福音書では、十字架のもとに、女たちと共に弟子たちも居合わせています(ルカ23章49節)。また、ルカ22章32節では、複数の「あなたがた」から、単数の「ペトロ」へ移行しますが、この「食い違い」は、ルカが資料をそれだけ忠実に用いていることの証しでしょう。だから、ルカのこれらの記述を「ルカの創出」だと見なすことはできません。史実に関して説明がつかなくなると、「後のキリスト教会による創出」だと想定しようとする傾向がありますが、これは誤りです(I. Howard Marshall. The Gospel of Luke. NIGTC. Eerdmans:1978. 819.)。共観福音書への伝承を全体として見るならば、ルカ系、マルコ系、そしてヨハネ系の伝承などが、組み合わされていると見るべきです(Joseph A. Fitzmyer, S.J. The Gospel According to Luke X--XXIV.. The Anchor Bible. Doubleday:1983. 1422.)。
【力づける】イエスの言葉の「力づける」には、「創造と贖い」を結ぶ内容がこめられています。ギリシア語「ステーリゾー」には、「宇宙を構成する」という意味があります(Bovon.Luke 3. 179.注82.)。この言葉は、パウロが用い(ロマ1章11節/第一テサロニケ3章2節)、1世紀末のキリスト教においても重要視されました(使徒言行録14章22節など )。かつて、ユダのベツレヘムの父親が、娘婿に「パンを与えて力づけた」ように(士師記19章5節)、ルカのこの言葉は、クリスチャンの信仰を支える御霊の働きを表しています(F. Bovon.Luke 3. Hermeneia:2012. 180)。
[33]今回のルカの記事で、マルコ=マタイと共通するのは、イエスの警告に対するペテロの応答の部分(33節~34節)だけですが、そこでも「シモン」と「ペトロ」の両方が出てきて、「たとえ牢獄に入って死んでも」というルカ独特のペトロの答えが記されています。これに対するイエスの答えは、「鶏が鳴くまでに三度私を知らないと言う」とあるだけです。ルカ22章33~34節は、マルコからか? 34節だけがマルコからか? 両方ともマルコからでは<ない>か? 説が分かれます。イエスの言葉が、34節で、「シモン」から「ペトロ」に変わります。イエスのペトロへの言葉は、ヨハネ13章38節とも共通しますから、ルカは、34節で、マルコによらないルカ独自の資料(ヨハネとも共通するか)を用いながら、これをマルコと併せ用いていると言えましょう(I. Howard Marshall. The Gospel of Luke. NIGTC. Eerdmans:1978. 818--819.)。だから、ルカ22章33~34節は、マルコ14章29~30節に基づくルカなりの編集ですが、33節では、マルコ14章29節と大きく違っていて、ヨハネ13章37節に近いと言えます。33~34節の部分は、マルコだけに基づくのではなく、ルカは、ヨハネと共通する伝承を保有していたと考えられます。ルカでは、ペテロへの否認予告が、最後の晩餐と同じ部屋で行われています。マルコとマタイでは、オリーブ山へ向かう途中で語られていますから(マルコ14章26節)、この点でも、ルカはヨハネと共通します。ちなみに、マタイ28章16~20節では、イエスの復活顕現と宣教命令が、復活のキリストから十一弟子たちに向けて語られています。ヨハネ福音書では、この「宣教命令」に相当する部分が、ペトロ一人に向けて授与されています(ヨハネ21章15節~19節)。この点でも、ヨハネ福音書はルカ22章32節と共通するところがあります。
[34]ルカの記述では、ペトロのここの答えが、マルコのそれとはかなり違っています。しかし、ルカ自身の編集あるいは創出だとも言えません(「シモンは彼に」はルカでは「彼に向かって」が多い)。「主よ」とあるのは、ルカなりの編集だと言われますが、これも断定はできません。この「主よ」は、ヨハネ13章37節と重なるからです(Marshall. The Gospel of Luke.822.)。
 ペトロは、「入牢と殉教」も辞さないと答えますが、この言葉はそのまま実現します(使徒言行録12章とペトロのヴァティカンの丘での殉教)。だから、ペテロの発言は「失敗だった」とは必ずしも言えなくなります。ルカのここの記述で、ペトロの答えは「名誉を回復する」のでしょうか(前掲書823頁)。
 このペトロの答えは、「ペトロの自己過信」「彼の誤った自己診断」(Bovon.Luke 3. 180.)と言うよりも信仰への「試練」と見るべきです。イエスの助けによって、信仰を回復するペテロが、ここにいるからです。イエスがペテロのほうに「向く」(ギリシア語「ストラペース」)ことによって、ペテロは「立ち直る/心を入れ変える」(ギリシア語「エピストラペース」)のです(32節)。32~34節では、「サタンの働きとキリストの働きかけ」との二重の働きに挟まれた「人間のか弱くて危なっかしい信仰」(Bovon.Luke 3.178.)が、イエスの助けに支えられるその有り様が現れてきます。こういう「信仰の持続性と回復性」こそ、使徒言行録が伝えていることです。ペトロは、ルカ22章54~62節での「背教と悔い改め」通じ、「メシアの受難」を経過し、ルカ24章12節での「空の墓」を見て、ルカ24章34節以下で復活のイエスの顕現に接し、ルカ24章51節でイエスの昇天に接し、そして、ペンテコステの聖霊体験(使徒言行録2章)の後で、ようやくほんとうの意味で「ペトロ」(岩)になるのです(Bovon.Luke 3.180.)。
                  ペトロの否認予告へ