【注釈】
■ゲツセマネの場について
 ゲツセマネの場で、イエスと弟子たちとのこの世における最後の晩餐から最後の夜に移ります。それは、受難の直前の「祈りと居眠りの一時(ひととき)」であり、受難への「心備え」の場です(R.T.France. The Gospel of Mark.NIGTC. Eerdmans;2002.580.)。これに継いで受難が始まり、「受難の夜」が明けます(マルコ15章1節)。ゲツセマネの場では、イエスの熱い祈りが繰り返されますが、弟子たちは、イエスの「目覚めた祈り」を共有することができず、敵対者に立ち向かう心備えもできていません。ここでは、イエスの最も信頼できる弟子たちさえも、「人間の弱さ」を露わにするのです。しかし、ゲツセマネの場の核心部分は、イエス自身であり、イエスと父との交わりです。それまでは、イエスの祈りの中身をうかがい知ることはありませんでしたが、ここに来て、父と子の神秘の交わりの扉(とびら)が開かれ、子の父への服従が語られます。ここは、以後の教会で交わされるキリスト論の出発点となります。
 ゲツセマネの場について、イエス・キリストが「死から救われた」と伝えているのが、ヘブライ5章7節~10節です。ゲツセマネで、イエスの祈りにある「どうか!」は、「(受難の杯を)取り除けてくださる」ことなのか?「(杯を)あえて与えくださる」ことなのか? 二通りの相反する意味に解釈できます。イエスの苦しみとイエスへの力づけ(ルカ22章43~44節)、地面に倒れて祈るイエスと、倒れて眠る弟子たち、主人と弟子たちとの「つながり」と「切れ目」、ここでは、同一の出来事への相反する見方が提示されています。
■マルコ14章
【マルコの資料】ゲツセマネの記事を資料として見ると、ほんらい、この記事だけが、独立した単独の伝承として、イエスの十字架と復活信仰以後の教会によって「創出された」という見方もあります(Adela Yarbo Collins. Mark. Hermeneia; Fortress Press;2007.674.を参照)。しかし、この記事は、独立した単独の伝承ではなく、「受難物語」として、早くから成立していた伝承の「最初の出だし」であろうという見方が有力です。「受難物語」は、イエスの十字架と復活信仰以後に、教会において、比較的早い時期に(40年代初期?)、すでに成立していたと考えられ、これが、前マルコ資料へ継承されていると思われます。したがって、マルコの語りは、マルコ以前から伝承されている「前マルコ」の資料に、マルコが手を加えていると見るのが最も適切でしょう(前掲書674頁)(France. The Gospel of Mark.580--81.)(Davies & Allison. Matthew 19--28. 492--493.)。なお、ルカの記事との関連性については、ルカ福音書の項目で扱います。
[32]【ゲツセマネ】原文は「『ゲツセマネ』という名前の/と呼ばれる地所」です。マルコは、この場所をオリーブ山と関連づけていますが(マルコ14章26節)、ここで言う「地所」とは人の住んでいない場所のことです。ヨハネ福音書では、「(エルサレムの東側にある)キドロンの谷を横切ったところにある園(garden)に入った」とあり、そこは、「それ以前にもイエスが弟子たちとしばしば集まった/落ち合った場所で、ユダも知っていた」とあります(ヨハネ18章1~2節)。これで見ると、そこは、オリーブ山の西の麓にあたるところで、塀で囲われたオリーブ園であったと思われます。通常、オリーブ畑には、オリーブ油を絞る場所がありましたから、ヘブライ語でもアラム語でも「ゲツセマネ」(油絞り)と呼ばれたのでしょう(France. The Gospel of Mark.580--81.)。
 ゲツセマネの正確な場所は特定できませんが、現在、「イエスの苦悩の場所」として、「万国民の教会」(the Church of All Nations)が建っています。しかし実際は、万国民の教会堂の少し北側にあたる林が、イエスが訪れたオリーブ畑の場所ではないかという見方があります(Leen & Kathleen Ritzmeyer. Jerusalem in the Year 30 A.D. Carta, Jerusalem. 2004.69)。
 オリーブ山は、過越祭においては、特別に「拡大されて」、エルサレムに入ると見なされていました。これに対して、ベタニアは、そこから離れた東にあたりますから、エルサレムの「外側に」なります。過越の祭りでは、エルサレムの境界内にとどまることが義務付けられていました。ただし、最後の晩餐は、過越祭の前夜のことですから、必ずしもこの規則に縛られる必要はありません。しかし、イエスは、最後の晩餐と同様に、この最後の夜もまた、過越を遵守する祭儀的な意味を込めて、ゲツセマネを選んだのでしょう(France. The Gospel of Mark.581.)。
[33]~[34]ゲツセマネへ来ると、イエスは、「私が祈るため」と言いつつ、三人の弟子だけを伴って、さらに離れた「人気のないところ」へ来ます。
【ペトロ、ヤコブ、ヨハネ】マルコ福音書で、イエスは、弟子たちの中でもこの三人を「内弟子」として親しく扱い、特に大事な場合に、三人と一緒にその場に臨んでいます(マルコ5章37節)。とりわけ、三人を伴った「山上の変貌」(マルコ9章2節)と、ここ「ゲツセマネの谷間」(マルコ10章38~39節)とが対照されています(France. The Gospel of Mark.582.)。
【ひどく恐れてもだえ始め】「ひどく恐れる」と「もだえる」の原語は、「驚きのあまり愕然とする」"be distressed"ことであり、続く語は「当惑し苦悩する」"be agitated"[NRSV]ことです。ここでは、とても強い意味で、「ぞっとするほどの苦悩に圧倒される」[REB]という意味です。前の語は、予期しない驚きを表しますが、民衆が思いがけなくイエスに出逢う様子や(マルコ9章15節)、イエスの空の墓に「白衣の天使」を見た女性たちの驚き(マルコ16章5節)でも用いられています。しかし、続く語では、「当惑し苦悩する」とあるので、ここでイエスは、今までとは異なり、これから起こる出来事に直面して、「何か自分でも思いがけない苦しみと恐れ」に襲われた様子をうかがわせます(France. The Gospel of Mark.582.)。「人の子」であるイエスが、三人を伴ったのも、イエスがその人間性を露わにして、親しい友に「まさかの時の助け」を期待して、一緒に居てほしいからでしょう。
【死ぬばかりに悲しい】ここは、十字架の苦難を前にして、イエスが、恐れと悲嘆から、「いっそ今ここで安らかに死にたい」と願う気持を表しているという(合理的な?)解釈もあります(France. The Gospel of Mark.583.Note8.)。しかし、イエスの真意はそうではなく、この言い方には、詩編の言葉が反映しているのではないかと推定されています。詩編41篇から43篇には、親しい友に裏切られ、ゆえなく「敵の虐(しいた)げ」の中を歩む義人が、「昼も夜も涙する」有様が描かれています。とりわけ、七〇人訳の詩編には、「私の魂よ、なにゆえ悲嘆にくれるのか、なにゆえわたしをかき乱すのか」(七〇人訳詩編41篇5節と同42篇5節)とあります。詩編が証しするこの「悲嘆に暮れる」(原語「ペリリュポス」)状態こそ、イエスが「私の魂は悲嘆に暮れている(原語:ペリリュポス)」と三人に心の内を明かすときに、その胸中にあった想いではないでしょうか。ここでのイエスの言葉には、詩編をも超えるほど、己の「霊魂の死」に直面した時の恐怖を読み取ることができます。ちなみに、イエスの十字架上の叫びも(マルコ15章34節)、詩編22篇2節からです。詩編42篇5節と12節では、「悲しみに沈み呻きながら」、なおも神のみ顔を求め、そこに救いを見いだす希望が差しています(France. The Gospel of Mark.583.)(W.D.Davies & D.C. Allison. Matthew 19--28. ICC. T&T Clark:1997. 496.)。
【目を覚ます】これは、身体の目覚めだけでなく、霊的な目覚めをも意味します。この語が、とりわけ過越祭にちなむ意義をこめていることに注意してください(出エジプト12章42節を参照)。
【私の魂は】日本語訳で「わたしは」とあるのは、字義通りには「私の魂は」です。 “I am deeply grieved."[NRSV]/ “My heart is ready to break with grief.”[REB]. 「魂」とは、「自分自身」をも指しますが、とりわけ、人の奥深い想いや情念が働く場所を指します。詩編42篇では、「私の魂よ、なぜうち沈むのか、なぜ呻(うめ)くのか」が繰り返されていて、これが34節のイエスの言葉に反映していると見られています。イエスの人間的な「弱さ」を露わに示す34節の言葉は、新約聖書では希で、おそらくイエス自身の言葉を伝えているのでしょう。
[35]【少し進んで】すなわち、イエスが想いあまって声を上げると、その声が弟子たちの耳に届くところです。弟子たちは、イエスの「叫び」を聞き取ることができるところに居たのです。これは、イエスの弟子たちへの「思い入れ」を伝えています(A. Y.Collins. Mark. Hermeneia;2007.677.)。
【地面にひれ伏し】通常の祈りの姿勢ではありません。とりわけ、神の聖なるご臨在に面する時の姿勢です。この姿勢は、アブラハムが、神との契約に入ったときの姿勢を思い起こさせます(創世記17章3節)。新約聖書では、人の子イエスが山上で変貌したときの三人の弟子たちの姿勢です(マタイ17章6節/その他、第一コリント14章25節と黙示録4章10~11節を参照)。イエスのこの姿勢は、特別に希(こいねが)う請願(supplication)を表すものでしょう。
【できることなら】マルコ福音書は、先ず間接話法で、イエスが「できることなら」で始め、杯を受ける「その時」(の出来事)が、イエスの前を「通り過ぎる」よう、やや遠慮がちに願っている様子を伝えます。継いで、直接話法で、「あなたはなんでもできます」と告げてから、「どうか杯を(神のみ手で脇へ押しやって)取り除けてください」と、今度はイエスの本音とも思える祈りを伝え、これに重ねて、「しかし、あなたのみ心のままに」で結んでいます。マルコのこの「生々しく曲折した」イエスの祈りを、マタイとルカは、「できれば/お望みなら」で始めて、「しかし私のではなく、あなたのご意思を」とつないで、分かりやすくしています。イエスの祈りの結び「み心ままに」の意義を的確に説明しているのはヨハネ福音書です(ヨハネ12章27~33節)。
 ここでのイエスの祈りでは、「できることなら」が、「あなた(神)はなんでもできる」とつながります。イエスの父なる神は、いわゆるギリシア的な神々の世界で言う「人の手を離れた必然の定め」「人それぞれへ神々が与える変えることのできない運命」のことではありません。神は、人との出会いを通じて、ご自身の意思を「自由に」決めることができるのです(ローマ人への手紙8章26~28節/同11章33~36節を参照)。
【この時】冠詞を伴う「この時」は、とりわけイエスの「受難の時」を指す場合に用いられています(ヨハネ13章1節を参照)。
[36]【アッバ父よ】アラム語の「アッバ」(父)とギリシア語の「パテール」(父)の両方を組み合わせた呼びかけです。イエスの口から出たのは「アッバ」だけで、ギリシア語のほうは、ギリシア語を話す最初期のクリスチャンたちからの言い伝えでしょう(France. The Gospel of Mark.584.Note15.)。「アッバ」は、イエスが祈りの際に常々口にしていた呼びかけの言葉です。しかし、ユダヤの文書でも、イエスの頃のユダヤでも、神を「アッバ」と呼ぶのは極めてまれで、イエスは、特別の親しみをこめてこの呼び方を用いたと思われます。父子一体を表すこの呼び方は、初代のクリスチャンたちにも伝えられて、パウロは、イエスのこの呼びかけを二度も引用しています(ガラテヤ4章6節/ローマ8章15節)。
【あなたはなんでも】字義通りには、「あなたにとっては、あらゆることが可能です」。” For You all things are possible.”[NRSV]。これは、マルコ11章23~24節のイエスの言葉を思い出させます。
【(杯を)とりのけて】「(杯を)とりのける」とあるのは、35節の「その時が通り過ぎる」のを待つのではなく、神が直接手を下して、その杯を「払いのける」ことです(イザヤ51章22節を参照)。「杯」は、古来、バビロニアでもヘブライでも、とりわけ神々が人間に与える場合、神が人間に授ける「使命」「運命」を象徴します(詩編16篇5節/同23篇5節を参照)。とりわけ、旧約聖書では、罪を犯した民への「杯」は、「(諸国民に下される)神の怒りの杯」を意味します(イザヤ51章17節)(TDNT.Vol.6.Eerdmans;1971.149.)。この杯は、「剣と災いをもたらす滅びの杯」となって、イスラエルを始め、諸国民に臨みます(エレミヤ25章15節~29/エゼキエル23章32~33節)。「終末的」とも言えるこの「杯」のイメージは、旧約と新約との中間期から新約の黙示録の頃まで続きます(ヨハネ黙示録14章10節・同18章6節)(Davies & Allison. Matthew 19--28.497.)。ここでのイエスへの杯は、「民の身代わりとなって」、自らがその「杯」を受け取るという「苦難と死の苦い杯」であること、これが、イエスへの神からの「み心」であることが、イエスに示されています(マルコ10章45節と同14章24節を参照)(Collins. Mark. 680.)。イエスは、「震えおののきながらもためらいがちに」(TDNT.Vol.6.Eerdmans;1971.152.)この杯を取りのけてくださるよう願っていますが、父なる神との祈りを通じて、最後には、「御心を受け入れる」境地に到達しえたのです(ヨハネ18章11節)。
【御心のままに】イエスの祈りは、「神の御心を変えることにあるのではなく、自らを神の御心/ご計画に沿わせる道を見いだすことにあります」(France. The Gospel of Mark.585.)。
[37]【ご覧になると弟子たちは眠っていた】「戻ってみると彼らは眠っていた」と訳すこともできます。
【ペトロに言われた】先の自信に満ちた告白にもかかわらず、眠ってしまったペトロへのイエスの言葉は、「一時でも、頑張って目覚めていることができないのか」です。「頑張って」(原語「イスキュオー」)とあることから判断すると、これは、叱責というよりも、やや遠回しな戒めに近い感じがします。また、「岩」を意味する「ペトロ」ではなく、「シモン」という旧名を用いたのは、親しみをこめたからではなく、イエスの失望の表れだという解釈もあります(Collins. Mark. 680.)。
[38]呼びかけが、二人称単数のペトロへ向けてから、二人称複数の「あなたたち」に変わり、ヤコブとヨハネにも目を向けます。なお、原文の動詞「祈りなさい」の前後どちらにコンマを置くかで、訳が異なってきます。「試練/誘惑の時に出逢うことがないように、目を覚まして祈っていなさい」“Keep awake and pray (so)that you may not come into the time of trial/temptation.”[NRSV]。「みんな目を覚ましていなさい。試練を免れることができるよう祈りなさい」“Stay awake, all of you; and pray (so)that you may be spared the test.”[REB]。
【目覚めていなさい】この戒めは、マルコ13章33節~38節に繰り返し出てきます。ここゲツセマネでのイエスの言葉にも、終末に訪れるイエスの再臨を待ち望む福音書の読者たちを念頭に置いたマルコの意図を読み取ることができます。読者を意識したこの呼びかけは、続く「誘惑に陥らないように」へも受け継がれます(Collins. Mark. 680--681.)。
【誘惑】「誘惑」(原語「ペイラスモス」)は、ギリシア語の動詞「ペイラゾー」(試す/試練に遭わせる/誘惑する)の名詞形です。マルコ福音書では、名詞はここだけですが、これの動詞は1章13節にでてきます。「誘惑」とは、「惑わしへの誘い」のことなのか、それとも、試練を受けて「試される」ことなのか、どちらの意味か解釈が分かれますが、主の祈りにある「誘惑」と共通する内容でしょう。弟子たちが「目覚めた祈り」に耐えられるかどうかテストされることと、「(逮捕を逃れるために)その場から逃げ出したい」という誘惑と、その両方の意味がこめられているのでしょう。主の祈りの場合と同じように、ここでも、「誘惑に耐える」力を指すよりも、「誘惑が来ない」ように祈ることを意味するのでしょうか(Collins. Mark. 681.)。ギリシア語の原語からは、どちらとも決められません(France. The Gospel of Mark.587.)。
【心ははやっても・・・・・】人はだれでも、「永遠の霊魂」と「この世の一時の肉体」とを有しているという見方があります。人をこのように「霊魂と肉体」に二分する人間観は、ギリシア的な二元論の特徴です。ここのイエスの言葉も、「人の霊は燃える(意気盛ん)けれども、肉体はこれについていけない」という意味に解釈される場合が多いようです。 しかし、ヘブライの伝統に照らすことによる人間を「霊」と「肉(体)」に分ける見方は、エッセネ派の本拠地であったクムランの宗団で発達した黙示的な神秘思想に見ることができます。「死海文書(群)」の一つ「宗規要覧」(III~IV)(前100年~前50年頃)には、この世には、「光」(真理の霊)と「闇」(不義の霊)とが働いていて、神は、人の肉(体)に働く不義の霊から、聖霊によって人の身体を浄めて、天の知恵と知識を与えるとあります〔『死海文書』日本聖書学研究所。山本書店(1963年)97~100頁〕。だから、イエスの頃に云われていたユダヤの諺(ことわざ)でも、「霊は強く、肉は弱い」は、「神の霊は人に御業を行うよう働きかけるけれども、肉の人に具わる罪性が、せっかくの御業を行う働きを妨げてしまう」という意味に理解するほうが正しいようです(ローマ8章1~8節を参照)。マルコ福音書のここのイエスの言葉も、「肉にある人の力は、神の御霊のお働きにとうてい及ばない」ことを指すのでしょう(ヨハネ6章63節を参照)(Davies & Allison. Matthew 19--28. 499.)。イエスは、ここで、弟子たちへの戒め/叱責だけでなく、「自らへの戒め」をもこめているという見ることができます。
[39]~[40]イエスが、「目覚めていなさい」と注意したにもかかわらず、弟子たちは、イエスの三度の祈りに、まるで「対応する」かのように、三度も眠りに落ちています。これは、すでに夜が更けていることもありますが、それよりも、極度の緊張状態がもたらす心理学で云う「死の眠り」ではないかと思われます。信頼する愛弟子にさえ「失望する」イエスの苦悩を読み取ることができます。
 ただし、マルコがここで意識しているのは、「目覚めて祈る」イエスと、そのイエスの目覚めに見習うことのできない弟子たちに向けられる読者からの批判の声でしょう。その批判は、ほかならぬ読者自身へも向けられるべきだというのが、ここでのマルコの意図でしょう。だから、ここでイエスが言う「目覚め」は、マルコ13章35~36節の「終末での目覚め/眠り」と重なります(France. The Gospel of Mark.586.)。
[41]この節では、「イエスが三度目に戻って」、弟子たちが眠っているのを見て語りかけますが、イエスは(突然?)「その時が来た」と続けます。「戻って」から「その時」までのイエスの弟子への語りかけが、どういう意図なのか?その真意を測りかねて、いろいろな解釈が行われています。とりわけ、「まだ(眠る)」と「もういい」のふたつの語のニュアンスが問われています。このことから、41節は、実際にイエスの口から出た言葉かどうか疑義が持たれています(Daniel B. Wallace. Greek Grammar. Beyond the Basics. Zondervan;240. Note Under :61.)。
【まだ】原語「ト・ロイポン」の「ロイポス」は、「残りもの」「余りもの」のことです。これに冠詞(「ト」)が付いて対格になると、副詞として「残りについては」「今からは/今後は」の意味になります。例えば、「今日という日の残りのこれからは」のように。これ(ト・ロイポン)が「眠っている」と結びつくと、「あなた方はまだ眠っている」、あるいは「あなた方はこれからは/も眠る」になります。しかし、これでは、42節の「立て、行こう」と、うまくつながりません〔Collins. Mark. 673.テキスト注(a)〕。冠詞が付かない「ロイポン」は、「それでは/そんなにも」“Well,then.”の意味にもなりますから、この読みだと、「それほど/そんなにも眠って休んでいるのか?」という疑問にもなります。マルコのここと対応するマタイ26章45節には、この疑問の読み方が欄外にでています(C.M.Martini & B.M. Metzger. Novum Testamentum Garece(2013). 91. Note Under,45.)。
【もういい】原語の動詞「アペコー」は、「受け取る/領収する」ことで、とりわけ、商取引で「支払いが完全に終わった/完了した」ことを示すために領収書などで用いられ、取引の約束が「完了した/済んだ」ことを指します。「もうこれで十分」の意味も含みますから、「アペコー」に「終わりまで」が付くと、「物事が決着した」「事が来るところへ来た」の意味になります。マルコ14章41節でも、「アペコー」に「終わりまで」が付いた読み方が欄外にでています(Martini & Metzger. Novum Testamentum Garece.165. Note Under,41.)。なお、マタイの版には、この語がありません〔Collins. Mark. 673.テキスト注(b)〕。
 以上から判断すると、41節前半は「ト・ロイポン」の「まだ」と「今後も」の二つの意味から、「まだ眠って休んでいるのですか。もう十分です」(新改訳聖書)ともなりますが、新改訳聖書には、別訳として、(祈りの時が済んだのだから)「もう眠って休みなさい」とあり、二通りの訳が可能です。「まだ眠っているのか。休んでいるのか。もうよかろう」(日本聖書協会訳)や「もっと眠りたいのか。休みたいのか。もうそのくらいでよかろう」(塚本訳)のように、皮肉と失望をこめた意図を読み取ることもできます。“Are you still sleeping and taking your rest? Enough!”[NRSV]
 「まだ」と「今後も」が、「もういい」「決着済み」とどのように結びつくのか? このつなぎとしては、疑問の意図を読み取って、「なお眠っているのか、また休んでいるのか(?)。事は決した」(岩波訳)という訳があり、 「もう眠って休みなさい。終わった」(フランシスコ会聖書研究所訳)もあります。
 イエスはここで、「まだ眠って、休んでいるのか。もうそれで十分だろう」と多少呆れ顔で皮肉交じりに言っているのでしょうか? 「もう私の祈りの時が終わったから、眠って休みなさい」と多少慰め顔で(?)言っているのでしょうか? また、この言葉に続く「終わった」「決着した」は、どういう事態なのか? この疑問に答えるために、次のような試案が提示されています。
 イエスが祈り終えて戻ると、弟子たちが居眠りしているのを見て、「そんなに眠いのなら、もう眠りなさい」と言いかける。すると、その時、ユダとその一隊が近づいてくるのを感じ取ったイエスは、「これで決まった。事が来るべきところへ来た!」と告げて、弟子たちを目覚めさせ、「さあ、身を起こして、先へ進もう!」と励ましている。このような事態を推定することができます(France. The Gospel of Mark.588--589.)。
【時が来た】「時」に冠詞が付いた「その時が到来した」とは、直前の35節の「受難の杯を飲む時」を指しますが、それだけでなく、過越祭の最後の晩餐での「イエスの約束」(マルコ14章22~24節)が成就する「時」も含まれてきます(France. The Gospel of Mark.589.)。
【罪人たちの手に渡される】「人の子が(裏切られ)罪人たちの手に渡される」の「渡される」は、原語「パラディドーミ」(手渡す/委ねる)の受動態で、神の手によって行われる「神的受動態」"divine passive"だと考えられます。マルコ9章31節では「人の子は人々の手に渡される」とあり、同10章33節では「人の子は(エルサレムの)祭司長たちと律法学者たちに渡される」です。これらの例から判断すると、41節で言う「罪人たち」とは、イエスの頃のユダヤ人の間で一般に言われていた「異邦人」あるいは「異教徒」を指すのではないかとも想われます。41節の言葉は、イエス以後の教会において、とりわけ、マルコの教会では、「イエスを拒んでローマの支配者の手にわたしたエルサレムの指導者たち」こそが、「人の子をその敵の手にわたした罪人」だと見なす傾向があったからです(France. The Gospel of Mark.590.)。ただし、ここの「罪人」は、直接には詩編41篇~43篇に出てくる「わたしの敵」を受け継いでいるという解釈もあります。
[42]【立って行こう】「行こう」は、ユダと共にいる一隊(43節)に立ち向かうためなのか、それとも、他の弟子たちと一緒になろうという意味なのか、その両方を含んでいるのでしょう(Collins. Mark. 683.)。
■マタイ26章
マタイは、イエスの三度の祈りと(マタイ26章39節/42節/44節)、それぞれの場合での弟子たちの「居眠り状態」が、はっきり分かるように記しています。マタイは、間接話法と直接話法によるマルコの二重の第一の祈りを一つにまとめ(39節)、その上で、マルコが省略した第二の祈りの内容を主の祈りから(マタイ6章13節)補充し(42節)、三度目の祈りでは、マルコと同じに、その内容を省筆しています。マタイは、もっぱらマルコの記事に準拠していて、資料として、これ以外に、マタイ独自の(口頭)伝承を保持していたとは考えられません(Davies & Allison. Matthew 19--28.491.)。ただし、今回のマタイの記事には、「(わたしの)父よ」「誘惑/試みに陥(おちい)らないよう」「み心が行われますよう」など、「主の祈り」(マタイ6章9~13節)が反映していると言われています。
[36]マタイは「その時/それから」(原語「トテ」)と、「再び/さらに」(原語「パリン」)と、「そして」(原語「カイ」)とを併用しながら、出来事を順序よく記しています。マルコでは、「一同は(ゲツセマネへ来た)」ですが、マタイでは、「イエスは、<彼の>弟子たちと共に、(ゲツセマネへ来た)」です。ゲツセマネに着くと、イエスは、弟子たち全員に、「ここに座っていなさい」と告げてから、「わたしは、離れたところへ行って祈るから」と言います。マタイは、終始「イエスに目を向けて」語るのです。
【弟子たち】「彼の弟子たち」と読む有力な複数の写本があります。
【ここに座って】字義通りには「あなたたちは座っていなさい・・・・・ほど離れる」で、やや特殊な言い方です。アブラハムが一人息子のイサクを犠牲に捧げる場でも、七〇人訳は、ここと同じ言い方で従者たちに命令しています(七〇人訳創世記22章5節)。マタイの念頭には、アブラハムによるイサクの奉献の場面があったのでしょうか(Davies & Allison. Matthew 19--28. 494.)。
[37]マタイは、マルコの「ヤコブとヨハネ」を「ゼベダイの二人の息子」と言い換えています。マタイは、ここで、「ゼベダイの二人の息子の母の願い」と、その際のイエスの二人への問いかけ(マタイ20章22節)を念頭においているのでしょうか。
【悲しんで】マルコでは「驚愕する/心を乱す」ですが、マタイでは「悲嘆する」です。マルコの「驚愕する/心を乱す」は、マルコ9章15節と同16章5節でも用いられていますが、マルコ9章15節と平行するマタイの記事には、この動詞が使われていません。「驚愕する」よりも「悲嘆に暮れる」ほうが受難にふさわしいとマタイは判断して、より自然な「悲嘆に暮れ悩み始める」に変えたのでしょう(Nolland. The Gospel of Matthew.1098.)。
[38]マタイは、マルコの「目覚めていなさい」に「私と一緒に(目覚めて)」を加えています。 マタイの場合、「目覚めている」は、マタイ24章42節と25章13節に対応します(John Nolland. The Gospel of Matthew. NIGTC. Eerdmans;2005. 1098.)。
【死ぬほど悲しい】マルコでは、「動揺して心を乱し(始める)」ですが、マタイでは、「憂慮する/悲嘆に暮れる/苦しむ」です。マタイは、とりわけ、詩編42篇の「私の魂のうめきを」を意識しているのでしょう(Nolland. The Gospel of Matthew.1098.)。マタイは、この言い方を受難と関連づけて用いています(マタイ17章23節/同26章22節)。
[39]マタイも、「顔を伏せて」に、山上の変貌(マタイ17章6節)での弟子たちの姿勢を重ねています。マタイは、マルコの「~と祈った」と「そして~と言った」を「祈って言った」と一つにまとめています。
【できることなら】マルコの「(あなたは)なんでもできます」を省いて、マタイでは「(もし)できることなら」だけです。この変更で、イエスに「神の意志がすでに提示されている」ことが強く示唆されます。モーセによる民への執り成しの祈り(出エジプト32章12節)、また、北王国ユダのヒゼキヤ王の涙の訴えを聞いた主(ヤハウェ)の翻意(ほんい)(列王記下20章1~6節)を参照してください。
【この杯を】マタイはここで、最後の晩餐で弟子たちと回し飲みしたイエスの杯と「この杯」とを比較しているのでしょうか。回し飲みの杯なら、受ける当人がその気になれば、「やり過ごす」こともできましょう(Nolland. The Gospel of Matthew.1099.)。
[40]【弟子たちのところへ】これは三人の弟子たちのことです。マルコに従って、「ペトロ」を名指ししていますが、マタイは、続く動詞の「できる/できない」をマルコの二人称単数のアオリスト形から二人称複数のアオリスト形へ変えています。イエスは、ペトロの居眠りもほかの二人のそれと一緒に見ているのです。
【目を覚まして】字義通りには、「あなたがたは、<なんと>ほんの一時も、<わたしと一緒に>目覚めていることができなかったのか」で、< >はマタイによる付加です。なお、「一時」(ひととき)を文字通りに「1時間」と解釈する説もありますが、そうではなく、「ほんの一時も」の意味です。
【わたしと一緒に】38節と同じマタイの追加で、この難局にあたり、親しい三人も「イエスと一緒に」目覚めていてほしいのですが、それもかなわないことを嘆いているのです。
[41]この節もマルコ14章38節とほぼ同じですが、マタイは、「目覚めて祈る」をひとつに見て、「主の祈り」にある「誘惑に陥らない(を免れる)ように」で結んでいます(マタイ6章13節)。人の「霊」と「肉」に関わる諺については、マルコ14章38節で扱いましたが、マタイは、とりわけ、詩編51篇12節の七〇人訳「人の心を導いてやる気を起こさせる霊」”a willing spirit”[NRSV]{REB}と、パウロの言う「肉の弱さ」"the weakness of your flesh”[NRSV]/"your human weakness"[REB](ローマ6章19節)をここで思い起こしているのでしょう(Davies & Allison. Matthew 19--28.499.)。
[42]マタイは、マルコとは異なり、「二度目に」をはっきり明言した上で、マルコの「同じ言葉で(祈って)言った」を「(祈りの言葉を)語った/告げた」に変えています。その上で、マタイは、イエスの祈りの内容を一度目の「もしできるなら」から、「わたしが飲まなければ、~できないのなら」へと変更しています。だから、この二度目の祈りは、杯が、もはや避けられないことを悟った上で、その苦渋の選択を自らの意思で「受け入れる」ことを表します。「この杯を飲む」には、最後の晩餐の弟子たちへの杯(マタイ26章42節)の意味もこめられています。マタイのイエスは、この二度目の祈りを「御心が成就しますように」という主の祈りで結んでいます。二度目の弟子たちの眠りの状態も、通常の居眠りを超える「逆らいようのない」(死の)眠りを思わせます〔ウルリヒ・ルツ『マタイによる福音書』(1の4)。小河陽訳。教文館(2002年)。176頁〕。これらから判断して、マタイは、この二度目の祈りをとりわけ重視していることが察知できます(Nolland. The Gospel of Matthew.1103.)。
[43]「再び/また」の位置が、マルコと異なり、後に来ています。だから、マルコの「また戻ると」ではなく、「戻ると、またもや、彼らが(眠っているのを)見いだした」と読むことができます。「彼らが再び眠っているのを」〔岩波訳〕。「また戻ると、また弟子たちが~」〔フランシスコ会聖書研究所訳〕。また、マルコの「(彼らのまぶたは)重く垂れていた」(現在分詞)は、新約聖書にも七〇人訳にも見られない特殊な用語なので、マタイは、より通常の「(まぶたが)垂れていた」(完了分詞)に変えています。マタイは、マルコの「どう言えばよいのか、分からなかった」を省いています。マタイの意図では、イエスは、ここで、弟子たちへの激励をいっそう強めるのではなく、もはや彼らの状態が避けられないのを看取ったのでしょう(Nolland. The Gospel of Matthew.1103.)。だから、「彼らを起こそうともしなかった」(Davies & Allison. Matthew 19--28.500.)のです。
[44]この節はマルコにありません。「そこで、彼らを離れて」は、「もはや、三人に頼ることをあきらめて」の意味でしょうか(?)。「またも離れて」ではなく、「またも向こうへ行って、三度目も」〔聖書協会共同訳〕と読むほうがいいでしょう。
【三度目も】北王国サマリアの王アハズヤは、預言者エリヤを捕らえるよう三度兵を遣わしますが、エリヤは、自分を捕らえに来た兵隊たちに「天から火が下るよう」二度祈り、三度目にアハズヤに死をもたらします(列王記下1章9~16節)。捕囚の身のダニエルは、日に三度祈ったとあります(ダニエル書6章14節)。パウロは、自分を襲う「サタンの使い」から解放されるよう三度祈りました(第二コリント12章8節)。
【同じ言葉で】マタイ20章5節と同27章41節と同44節では、「同じようにした/言った/罵った」ですが、ここ26章44節では、「同じ<言葉を>発言した」とあり、それだけ、イエスの言葉(祈りの内容)に注目しています。問題なのは、この節の最後が「またも」で終わっていることです。「(三度目も)またも、同じ言葉を発した」と読むなら、祈りの言葉遣いが同じであることよりも、むしろ、「同じ事を(祈った)」と解するほうがマタイの真意に近いと思われます。マタイは、三度の祈りは、単に3回の祈りではなく、その真意は、本質的に同じあると言いたいのでしょう(Nolland. The Gospel of Matthew.1104.)。
[45]この節はマルコに準拠していますが、マタイなりの変更を加えています。45節の前半では、マルコは「そして三度目に戻り、そして彼らに言う」ですが、マタイは、「それから<(彼の)弟子たちの>ところへ戻って、そして彼らに言う」です。続くイエスの言葉では、マタイは、マルコの「もう十分/もうこれでいい」を省き、イエスの言葉を疑問符で終わる疑問文にしています”Are you still sleeping and taking your rest?”[NRSV]. ”Still asleep? Still resting?”[REB].イエスは、弟子たちを皮肉交じりにとがめるよりも、むしろ、あきらめに近い気持ちなのでしょう(Davies & Allison. Matthew 19--28.501.)。
 45節の後半でマタイは、マルコの「見よ。人の子を裏切る者たちが」を「見よ。時が近づいた」とし、マルコの「時が来た」(アオリスト形)を「時が近づいた」(完了形)に変えています。「(時が)近づいた」は、46節の「わたしを裏切る者たちが)近づいた」に対応するためでしょう。「近づいた」は、「身に迫る」緊迫した状態を指します。マタイは、ゲツセマネのイエスを再臨を間近にする終末のイエス・キリストに重ねているのです(マタイ25章の「十人の乙女」のたとえ!)(Davies & Allison. Matthew 19--28.501.)。
[46]マルコとほぼ同じです。イエスは、それでもまだ、弟子たちを自分と「運命を共にする」友だちと見ています(Nolland. The Gospel of Matthew.1106.)。
■ルカ22章
 ルカのゲツセマネの記事は、マルコ=マタイのそれとは、用語でも「全く」と言っていいほど異なります。何より、ルカの記事では、イエスの祈りは一度だけです。マルコ=マタイで「誘惑に陥らないように」(マルコ14章38節)とペトロ個人に宛てたイエスの忠告が、ルカでは、最初に全員に宛てて告げられます。マルコ=マタイでは、イエスの振る舞いが現在形で語られていますが、ルカでは「弟子たちが眠っているのを<見た>」と過去形です。その上、「汗が血のようにしたたる祈り」と「天使の力づけ」というマルコ=マタイには表れない記事がでてきます。ルカは、ヨハネと同様に、最後の晩餐の部屋とオリーブ山の祈りの場とを結んで語っています。ルカの資料(L)は、おそらく、マルコ=マタイへの伝承から分かれて、別個に伝承されたものでしょう(F.Bovon. Luke 3. 196.)〔ウルリヒ・ルツ『マタイによる福音書』(1/4)小河陽訳。EKK新約聖書註解。教文館:2009年。169頁〕。
ルカの記事で、最も問題になるのは、ルカ22章43~44節の「天使の力づけ」が、マルコとマタイには全く現れていないことです。この部分が、ルカによる創出ではなく、資料として、どの程度、信憑性があるのかが問われています。ここには、イエスの「汗が血のようにしたたる」苦しみが描かれているからです。もしも、これが「ルカによる創出」でないとすれば、ルカは、ゲツセマネの記事において、マルコの記事を参照していただけでなく、独自の資料(L)を保持していたことになります。
 ルカが、もしもマルコに全面的に依存しているのであれば、ルカは、これにかなり自由な自己流の編集を加え、マルコの記事を「思い切って縮めて」(Joseph A. Futzmyer. The Gospel According to Luke. Vol.2. The Anchor Bible. Doubleday; 1983. 1437.)、「(イエスの)祈りと(弟子たちの)居眠り」の三つの出来事を一つにまとめたことになります。だが、この想定は容認できません。
 結論として、マルコの資料とは別の「より短い」「別の資料」が存在していて、ルカは、これを用いた可能性があります(I. Howard Marshall. The Gospel of Luke. NIGTC. Eerdmans;1978. 829.)(François. Bovon. Luke 3. Hermeneia. Fortress Press: 2012. 194. )。ルカの記事と、マルコ=マタイの記事との比較から見ると、ゲッセマネの物語が、初代の教会において、どのように形成され、伝承されたのか? その過程を洞察することができます。それは、「イエスの祈り」が、史実に基づきながらも、複雑な伝承の過程を経ていたことをうかがわせます(Marshall. The Gospel of Luke. 828--829)。
[39]ルカの記事では、今回の出来事の直前に、2階座敷において語られる「財布と剣」への言及が来ていますから、イエスは、最後の晩餐の2階座敷から、差し迫る危機を覚えて、オリーブ山へ、弟子たちをつれて祈りのために出て行ったことが分かります。「赴いた/出かけた」の動詞が3人称単数アオリスト形で、マルコ14章32節の「(彼らは)やって来る」の3人称複数現在形と異なりますから、イエスが主導していることが印象づけられます。ルカ22章14節では「使徒たち」とありますが、今回は(マルコに倣って?)「弟子たち」です。「いつものように」とありますから、イエスは、オリーブ山のこの場所を常々祈りの場としていたのでしょう(ルカ21章37節)(Futzmyer. The Gospel According to Luke. Vol.2. 1441.)(Marshall. The Gospel of Luke. 830.)。同時に、ユダもこの場所を知っていたことが分かります。また、ペトロとヤコブとヨハネの3人の弟子への特別の言及もがないことにも注意してください。
[40] マルコとは異なり、はじめに、弟子たち全員に向けて、「誘惑に陥らないよう祈りなさい」という警告が告げられ、試練の時が間近に迫っていることを知らされます。ルカは、読者たちも、「イエスに従い」(39節)、「試練に備えて祈る」ように配慮しているのでしょう。なお、「その場所/目的の場所」とありますが、「ゲツセマネ」という地名は表れません。「ゲッセマネ」といアラム語の地名が、ルカの一般の読者たちには、なじみがないからでしょう。
[41]「石を投げて届くほど」は、アブラハムから「引き離されて座って泣く」女奴隷ハガルの嘆き(創世記21章16節)を思わせ、「跪いて祈る」は使徒言行録7章6節のステファノの殉教の場面を思わせるという指摘があります(Marshall. The Gospel of Luke. 830.)。
[42]イエスの祈りの「この杯をわたしから取りのけてください」の部分だけが、マルコ14章36節と完全に一致します。ルカ版の祈りでは、「父よ」は、アラム語の「アッバ」でもなく、アラム語からのギリシア語訳「パテール」でもなく、正しいギリシア語の呼格「パーテル」です(Futzmyer. The Gospel According to Luke. Vol.2. 1437.)。
 マルコ=マタイ版では、「このわたしが望む/意図すること」と「あなたが望む/意図すること」とが強く対照されていますが、ルカ版では「わたしの意思/想いよりも、むしろあなたの意思/想いが(成就する)」です。マルコ版の祈りと内容は同じでも、マルコ版の「苦痛に満ちた選択」よりも、ルカ版のほうが、「父の御心に素直に従う親しみをこめた」(?)言い方になるでしょうか(Marshall. The Gospel of Luke. 831.)(Bovon. Luke 3. 1201.Note.62. )。
【取りのけて】「御心なら、取りのけてください」のように、「取りのける」を命令形に読む版と、「(この杯をわたしから)取りのけるのが御心ならば~」のように、「取りのける」を不定詞に読む版とがあります。後のほうの読みは、「杯」が、神の「怒り」を示す、あるいは「裁きのための罰」を表す場合には適切ですが、ルカのここでは、「(イエスに)差し迫る苦難の杯」です。これに続いて、「とは言っても、決してわたしの意図(想い)ではなく、どうか、あなたの(意図)のほうを」のように、神の御心に従う気持ちがこめられていますから、「取りのける」を不定詞とする後の読みは、ここでは不適切です(Marshall. The Gospel of Luke. 831.)。
[43]43節~44節については、章末の補遺「ルカ22章43節~44節について」を参照してください。
【天使が~力づける】ここでは、天使が「天から」顕れるという言い方が注目されます。よほど差し迫る「天の神からの働きかけ」が必要だったのでしょう。ここでの「力づける」は、ただ「元気を取り戻す」(使徒言行録9章19節)ことではなく、神の御心を選び取る決意を固めようとするイエスの祈りが、これを妨げようとする(サタンの)働きと激しく闘っている状態を指します(Marshall. The Gospel of Luke. 832.)。その結果、祈りの内容が、一層深まることも示唆します。
[44]【苦しみもだえ】原語「アゴーニア」は、勝利を得るために、手強い相手と競い合って闘うことですから、「苦闘」にあたります。英語の“agony”。旧約聖書では、ダニエル書10章のダニエルの祈りが、これに近いと言えましょう(前掲書)。ダニエルは、「決意を固めて悟りを得ようと」(ダニエル書10章12節)断食して祈ります。すると「顔は稲妻、目は松明」の輝く天使のヴィジョンが、ダニエルに顕れます(同5~8節)。この天使は、ダニエルたちユダヤの民が捕らわれているペルシア王キュロスの霊威・霊力と闘うために、ダニエルの祈りを阻(はば)むペルシアの天使長(サタン)と闘って、ダニエルを助けようと天から遣わされた大天使ミカエルです。すると、「人の子」のような者がダニエルの唇に触れ、ダニエルは「苦しみに襲われて」力を失いますが、その「人の子」に「力づけられます」(同16~18節)。
 あるいは、「死に神」と対峙(たいじ)するアブラハムを扱っている『アブラハムの遺訓』(1世紀~5世紀?)では、アブラハムには、死に神の姿が「血の滴(しずく)のようだ」(同20章)とあることから、これをゲツセマネのイエスの祈りと結びつける説もあります(Bovon. Luke 3. 201--203. )。しかし、この著作の年代が分からないので、ルカがこれを読んだのか?逆に、この著作の作者のほうがルカを呼んだのか?どちらとも決めかねす。
【汗が血の滴のように】 「苦悩のあまり、イエスの汗が、まるで血の滴(しずく)みたいに、したたり落ちた」とありますが、これは、「汗がしたたり落ちる」有様のことですから、「汗そのものが血の滴(しずく)になった」ことではありません。ところが、ここを「(汗が)したたり落ちる血の滴(しずく)になる 」と読む写本があります。大英博物館所蔵の「シナイ写本」でも、後期の7世紀の複数の写本には、「したたり落ちる血の滴」とある版と、「汗が血のしたたりみたいに落ちる」とある版の両方があります(Nestle・Aland. Novum Testamentum Graece . Greek-English New Testament.  Deutsche Bibelgesellschaft. 2013. P.278. Apparatus: Luke Chap.22; 43/44.)。なお、ギリシア語の「スロンボイ(複数)」は、「滴(しずく)」とも「塊り」とも理解できます。このような事情からか、「(イエスの体から)血の混ざった汗がしたたり落ちた」(フランシスコ会聖書研究所訳注。当該箇所:注12)という誤解が生じたようです(Fitzmyer. The Gospel According to Luke. Vol.2. 1443.)。「汗が血のしずくのように地に落ちた」(新改訳2017年)/「汗が、血のしたたるようにポタポタ地上に落ちた」(塚本訳)/「彼の汗は、地に落ちる血の塊のごとくなった」(岩波訳)。
[45]【悲しみのあまり】ルカの記事には、ペトロとヤコブとヨハネの三人の弟子のことはでてきません。三度のイエスの祈りと三人の三度の居眠りも表れませんから、弟子たちは、ただ「悲しみのあまり」寝入ったことになります。なお、マルコ14章37節では「眠り込む」に近い言い方ですが、ルカ22章45節では、「眠りにつく」です。通常、「悲しみは眠りを妨げる」と言われますが、極度の悲観は、逆に、人を眠りに誘うと思われます(François. Bovon. Luke 3. Hermeneia. Fortress Press: 2012. 204. )。「悲嘆のあまり眠りに入る」のは、心理的に正しいかどうかはともかく、マルコの叙述に比べて、弟子たちの「不甲斐なさ」をゆるめる結果になっています。
[46]46節では、イエスの弟子たちへの言葉が、ペトロひとりに宛てられるのではなく、全員に向けられますが、マルコの「目覚めていなさい」が抜け落ちています。「なんと、あなたたちは眠って居るのか?」(Bovon. Luke 3.193. )とありますから、ルカのイエスも、弟子たちが眠っているのを見て「驚く」のでしょうか(Bovon. Luke 3. 203. )。弟子たちが、イエスに言われたとうり「目覚めていた」かどうかは、続くペテロの否認の出来事によって実証されます(Bovon. Luke 3. 2043. )。  「ゲツセマネ」へ