【注釈】
今回の箇所では、ローマの総督ピラトと、イエスと、イエスを「反ローマ」のかどで訴えるユダヤの指導者たちと、これら三者が出逢います。この「出逢いの出来事」の意義を探るのが、今回の記述の大事な課題です。実は、マルコは、ここで13章9節を念頭においているのではないかと思われます。そこには、今回の箇所で重要な意味を持つ「総督/支配者」と「王」の二語が出てくるからです。ただし、今回のマルコの記事には「王」は出てきますが、「総督」はでてきません。「総督」はマタイのほうに繰り返し出てきます。実は、今回の「王」が、マルコと同世代のヨセフスの『ユダヤ戦争』と『ユダヤ古代誌』で用いられている「王」と関連することが指摘されています〔R.T.France.The Gospel of Mark. NIGTC. /フランス『マルコ福音書』628頁(脚注)9〕。ハスモン王朝9代目のアリストブロス2世(在位前67~63年)が、「ユダヤ人の王」であり「ユダヤ人の支配者(総督)」として、ローマ人のポンペイオス将軍に「黄金のぶどう」を贈った記事が出ています〔ヨセフス『ユダヤ古代誌』(4)XIV巻260~61頁〕。マルコ福音書が書かれた頃は、ユダヤ戦争の最中か、あるいはその末期で、エルサレムが陥落する頃(70年)、あるいはその直前だと考えられます。だから、マルコの念頭には、マルコ13章1~2節の「エルサレム神殿の崩壊」と、これに続くマルコ13章8~9節での「民と民、国と国とが相争う」有様と、「総督や王の前に立たされて」尋問を受けるイエスの姿とが、切実な実感を伴っていたでしょう。
ローマの総督にイエスを訴え出たユダヤ人たちの宗教的な志向には、まさに、以後のユダヤ人たちがたどる破滅への道を予想させるものがあります。だが、訴えるユダヤ人たち自身は、まだ、その事に気づいていません。ピラトは、自分がその象徴であるローマの権力が、以後のユダヤ人の訴えと騒動にどのように対応したか、それが、ユダヤの滅亡を誘発させることをまだ自覚していません。しかし、イエスのほうは、ピラトとユダヤ人たちの両方の想いに潜む危険性を見抜いて、これ以後、ユダヤ人たちとローマの権力とが悲劇的な相克を演じることで、神殿の崩壊をもたらすことをあらかじめ察知していました(マルコ13章1~2節)。言うまでもなく、ユダヤ戦争のこの結末は、マルコを始めとして四福音書の記者たちが「共観」していることです。これについては、今回の章の「補遺」の「エルサレム陥落にいたるまで」を参照してください。
■マルコ15章
[1]【夜が明けるとすぐ】マルコ15章1節は、同14章53~55節から連結します。197章「最高法院でのイエス」の注釈で述べたように、マルコの最高法院の記述には、時間的な曖昧さがあります。マタイ=ルカの記述では、ペトロによる否認が、最高法院とほぼ同時に生じています。ところが、マルコでは、14章55節の「最高法院」と15章1節の「最高法院」との時間関係があいまいなために、ペトロの否認が起こり、鶏が二度鳴いた後で、夜がすっかり明けて、朝になってから始めて、最高法院が開かれたかのような印象を与えるからです。ただし、マルコは、イエスの十字架刑に関連する時刻は克明に記しています。マルコ福音書では、
朝早く、イエスはピラトの官邸に連行されます(15章1節)。
午前9時にイエスは十字架につけられます(同25節)。
正午に全地が暗くなります(同33節)。
午後3時にイエスが最後の叫びを発し、息絶えます(同34節)。
夕方に(午後6時前)イエスの遺体が引き取られ、埋葬されます(同42~47節)。
〔R. T. France. The Gospel of Mark. NIGTC. 626.〕
【最高法院全体で相談】したがって、この最高法院は、実際は、夜明け前に開かれたことになります〔前掲書〕。法院の構成は、「祭司長たちと長老たちと律法学者たち」の3グループですが(マルコ8章31節/11章27節/14章43節/同53節)、「祭司長たち」が中心です。イエスを十字架刑に処するよう取り計らうのも「祭司長たち」です(マルコ15章9節~11節)。この「祭司長たち」とは、当時のユダヤの貴族と祭司の階級を代表するグループのことで、10名ほどで構成され、エルサレム神殿を中心に、神殿での祭儀や神殿の財政や神殿境内での警護を管理し指導する立場の「大祭司連」(塚本訳)のことです〔『マタイによる福音書/マルコによる福音書』新約聖書(I)。新約聖書翻訳委員会訳(岩波書店)巻末「用語解説」4頁を参照〕。「(最高法院)全員で相談/協議」とあるところから判断すると、およそ70人ほどの最高法院のメンバーたちは、夜間を通じて集まり始めて、明け方近くにようやく全員が揃(そろ)うという状態だったようで、これは、この法院が、通常の正規な法院の開かれ方ではなく、死刑の権限が与えられていないユダヤの法院が、イエスを処刑するための方策を考え出すために開かれたもので、「相談」の内容も含めて、やや不正規な性格のものであったことを物語っています〔フランス『マルコ福音書』627頁〕。
実は、この箇所(句)について、疑問が提起されています。夜明け前から開かれていた最高法院で、イエスを処刑することが、すでに「全員一致で決定されていた」(マルコ14章64節)からです。その結果、今回のマルコの言う最高法院では、イエスの処刑がすでに決定済みなのに、わざわざ全員一致で何を協議し相談するのか?という疑問が生じることにもなります。塚本虎二訳(岩波書店)は、イエスを大祭司カヤパの所へ引いてゆくと、「最高法院の役人、すなわち大祭司連、長老、聖書学者たちが全員集まってきた」(14章53節)・・・・・「満場一致で、(イエスの)死罪を相当すると決定した」(14章64節)・・・・・「夜が明けるとすぐ、大祭司連は長老、聖書学者と共に、すなわち全最高法院で決議をすませたのち・・・・・」(15章1節)と分かりやすく訳しています。
15章1節で、このような「重複」が生じた理由は、マルコの資料では、14章64節に15章1節が連結していたところへ、マルコの編集によって、(イエスの裁判と)ペトロの否認記事が挿入されたために生じたと見ることもできます〔A・D・コリンズ『マルコ福音書』712頁〕。このために、15章1節の「協議/相談」については異読があり、シナイ写本、エフラエミ写本、レギウス写本などでは「大祭司連(祭司長たち)は相談し<準備した/計画した>」とあります。“made their plans”[REB]. これだと、先に、「イエスを処刑する」ことを全員で可決し、その後に、死刑の権限を持たない最高法院は、どのような手段を講じて「(イエスを)処刑する」のかを相談した結果、「ピラトに引き渡す」という方策を「計画した」ことになり、15章1節での「相談/協議」の内容がはっきりします。
【ピラトに渡した】ピラトの詳細については、コイノニア会のホームページの「聖書と講話」→「四福音書の補遺」→「ポンテオ・ピラト」をご覧ください。ピラトは、ローマ帝国から任命されたユダヤ地域の代官として、その正式の邸宅は、パレスティナ西岸のカイサリアにあったと考えられます。しかし、過越祭のような祭りの時期には、不測の事態が起こる恐れがあるために、彼は、エルサレム市街の西側の城壁に沿ったヘロデの宮殿に滞在していたと見るのが通説です。大祭司の屋敷は、その宮殿に近く、宮殿の南東にあったとされています。ただし、神殿の境内に集まる群衆を監視するために、ローマの兵士たちは、神殿を囲む城壁の上から、(槍を構えて?)群衆を見下ろしていましたから、兵士たちは、神殿の北側に隣接するアントニアの砦に駐在していました。そうだとすれば、兵を率いるピラトもアントニアの砦に滞在していたとも考えられます〔F. Bovon. Luke 3. Hermeneia. 252. Note(27)〕。縛られたイエスに向かって尋問したり、兵たちがイエスを侮辱したり、イエスを鞭打ちにしたり、ゴルゴタへ向けてイエスを歩かせたりするのに、エルサレムの西の城壁に沿う(壮麗な)ヘロデの宮殿よりも、アントニアの砦のほうがピラトの滞在にふさわしいとも考えられます〔フランシスコ会聖書研究所訳注「聖書」マルコ14章付属地図の総督官邸。新約聖書129頁を参照〕。
[2]マルコ14章61節で、大祭司は、イエスに向かって、「あなたはメシアか?」と尋問していますが、「ユダヤの王か?」とは言っていません。それだから、今回のピラトも、ここで、「お前はキリスト(「メシア」のギリシア語)か?」と訊(たず)ねるところですが、ピラトは、「お前はユダヤ人(たち)の王か?」と尋問しています。「ユダヤ人(たち)の王」という言い方は、これまでの福音書のどこにも出てきません。ユダヤ人なら、自分たちの王をただ「王」と呼ぶか、あるいは「イスラエルの王」と言うでしょう。「ユダヤ人(たち)の王」という言い方は、通常、ユダヤ人以外の人たちからの呼び方ですから、ピラトのこの呼び方は、イエスが「イスラエル(あるいはユダヤ)のメシア」と称されたのをローマ流に「翻訳している」と思われます〔フランス『マルコ福音書』628頁〕。
【ユダヤ人の王】この呼び方は、イエスをピラトに訴え出たユダヤ人たちが、ピラト向けに用いたのか? それともピラトが自分流に言い換えたのか? どちらかは分かりません。おそらく、「神の子キリスト(メシア)」(マタイ26章63節)と称されるイエスを有罪にするために、彼らなりに言い換えたのでしょう〔ノウランド『マタイ福音書』1161頁〕。しかし、この「ユダヤ人たちの王」という言葉を通じて、その場に居るイエスと、イエスを訴え出ているユダヤ人たちと、ローマ帝国の代官であるピラトとが、それぞれに異なる内容を思い浮かべることで「出逢って」いるのが見えてきます。この「出逢い」は、三者の誰かが「仕組んだ」ことではなく、三者それぞれにとって、思いがけず生じた出来事です。そうであれば、「ユダヤ人たちの王」は、イエスが証しする「メシアの王国」と、ピラトの立場が象徴する「地上の王国」との関わり方を象徴する大事な内容に関わります。ここで起こっている「出逢い」の出来事が示唆するその意義を解明するのは容易でありませんが、これから始まる「受難」の真義を探る重要な手がかりになります。この点を掘り下げているのは、ヨハネ福音書です(18章28節~19章16節)。
なお、1世紀のユダヤとローマ帝国の支配関係については、コイノニア会のホームページ→共観福音書補遺の「1世紀前後のローマ帝国のユダヤ支配」をご覧ください。ピラトが「ユダヤ人たちの王」と言う場合、先ず思い浮かべるのは、「ヘロデ(大王)」(在位前37年~前4年)でしょう。 ヘロデ一族は、マカベア戦争(前2世紀中頃)で、ユダヤとギリシア系のセレウコス王朝との戦いで、ユダヤを勝利に導いたハスモン家の出で、エルサレムの南部にあたるイドマヤ地方の豪族です。ヘロデ王家については、今回の章の補遺の「ヘロデ王家について」をご覧ください。三者の出逢いのポイントは次の通りです。
(1)ピラトは、「ユダヤ人たちの王」と称されるこの男が、ローマ帝国のユダヤ支配に逆らうのではないかと懸念しています。そこまで行かなくとも、自分の管理するユダヤ地域で騒動を起こして、自分のユダヤ支配の管理責任がローマから問われるのを許すわけにはいかないのです。しかし、彼は、目の前に居るこの人物が、いったい何をしたのかと不審に思っています。質素な身なりで穏やかな態度で落ち着いていて、ピラトがローマやギリシアで見かける「フィロソフス」(哲学者/哲人)にも似た風貌(ふうぼう)を具えるこの人物が、それまでのユダヤの歴史でしばしば見られたような「王」を名乗るとはとうてい思えないのです。だから、ピラトは、「あなたは、(彼らが言うとおりの)ユダヤ人の王であるのか?」と問いかけるよりは、むしろ「お前が(いったい)ユダヤの王なのか?」と、やや不審に思っているのが分かります〔『四福音書対観表』日本基督教団出版局。308頁の訳文を参照〕。
(2)イエスを訴えるユダヤ人たちは、イエスが、自分たちが管理し支配するエルサレムの神殿制度を「批判する」だけでなく、神から遣わされた「メシア」と称されるイエスの言動で、自分たちの宗教的な権威が脅かされるのを許すことができません。死刑の権限がない彼らは、イエスが「ローマ帝国の支配に逆らう権力を主張した」と訴えることで、イエスをピラトの手で処刑させようと策謀しているのです。
(3)イエスは、ピラトと、訴え出るユダヤ人たちとの両者が抱く危惧と、それぞれの「許せない」思いを熟知しています。しかし、イエスは、ピラトには、言葉少(すく)なに答えます。今起こっていることが、人の力の及ばない神の御計画から生じていることを知っているからです(マルコ14章36節を参照)。
【(それは、)あなたが言っていること】イエスのこの答えは、相手の言葉を「否定はしないまでも、気が進まない認め方をしている」と受け取られています〔フランス『マルコ福音書』628頁〕。“You say so."[NRSV] ”The words are yours.“[REB]. このイエスの答えは、マルコ福音書では、14章55節~64節と対応します〔A・D・コリンズ『マルコ福音書』713頁〕。最高法院でイエスは、「あなたはメシアか」と訊(たず)ねられて、「わたしは、それ(メシア)である」と明白に答えています。ダニエル書7章13~14節で預言されている「人の子メシア」には、全世界を統治する「王権」(ダビデ王国の再来と拡大)が与えられますから、法院のメンバーたちは、この点を利用して、イエスが「ユダヤ人の王」を主張しているとローマの代官に訴えているのです。ところがイエスは、ここに来て、(自分は)ピラトが思い描いているような「王権」の主張者では「ない」ことを伝えています〔フランス『マルコ福音書』628頁〕〔A・D・コリンズ『マルコ福音書』713頁〕。ピラトも知ってのとおり、それまでのユダヤの王たちが、ローマ皇帝に逆らったり、帝国の支配に反抗した例はほとんどありません。イエスの答えからも、王権に伴う「政治的な野心」が感じられません。
先の最高法院でのイエスの「メシアへの明白な告白」と、ピラトの前での「王権への野心を否定する」イエスの発言は、答える長さもその内容も対照的です。ピラトとユダヤ人たちとイエスとによる「王権」をめぐるここのやりとりは、歴史的な事実ではなく、マルコによる書き加え、あるいは、イエス以後の伝承過程で、ローマ向けに「非政治化」されたという説もあり、様々な議論を呼んでいます〔ノウランド『マタイ福音書』1159~60頁〕。しかし、受難物語は、実際の出来事を伝えるために比較的早い時期に成立しましたから、ここもマルコによる編集ではなく、その資料に基づくと考えられます〔A・D・コリンズ『マルコ福音書』713頁〕。
[3]祭司長たちは、ピラトの不審に答えようと、「様々な理由」を申し立てて、イエスの「犯罪」を告発しようと試みたのです。訴えの中には、イエスが「神殿破壊」を主張したという理由もあったと思われますから(14章57節)、これをさらに発展させて、イエスには、社会基盤を揺るがそうとする「革命的な意図」があるという告発もなされたでしょう〔フランス『マルコ福音書』629頁〕。
[4]~[5]ローマ帝国の規定では、裁判に際して、告発された者には、訴えを退けるために「弁明する」機会が必ず与えられるべきことが定められていました。ピラトは、これに従って、イエスに弁明を促そうとしますが、イエスが応じる気配がないので「驚いた」のです。ピラトのイエスへの問いかけは、先の大祭司の問いかけ(14章60節)と似ていますが、イエスのほうは、先の場合と違って沈黙を通します。ピラトは、これを「黙秘」とは受け取らず、逆に感心して(「驚く」とあるのは「驚嘆する」こと)〔フランス前掲書〕、イエスの無実をいっそう印象づけられたようです。受難物語では、ここのイエスの姿にイザヤ53章7節(七〇人訳)で預言されている「苦難の僕(しもべ)」の姿が重ねられていると指摘されています〔A・D・コリンズ『マルコ福音書』714頁〕。
■マタイ27章
マルコの記述では、イエスは、ピラトのもとへ連行され、続いて裁判が始まります。ところが、マタイの場合は、連行されたその後で、ユダの自殺が語られて(マタイ26章3~10節)、それから、ピラトによる裁判が始まります。ピラトの裁判に関する部分では、マタイはマルコに準じていて、他の資料によるものではありません(この点で、ルカの記述と大きく異なります)。ただし、ピラトが口にする「ユダヤ人の王」と、祭司長たちの訴えと、イエスの対応の仕方の三つにおいて、マタイなりの特徴を添えています〔ノウランド『マタイ福音書』1160~なお、62頁〕。
[1]~[2]【殺そうと相談】マタイでは、最高法院のメンバーから「律法学者たち」が抜けていますが、「祭司長たちと民の長老たち<全員が>」とあり、「どのようにしてイエスに死を与えようかと協議した」と協議の内容をはっきりさせています。"all met together to plan the death of Jesus".[REB] その上で、「<総督の>ピラトのもとへ」とあり、ローマによるユダヤの支配者のもとへ、「犯罪者」であることを示すために、「縛られた」イエスを連行したとあります。
[11]マタイは「総督」を二度も繰り返して、彼がユダヤの最高の統治者であることを強調しています。その上で、イエスは「総督の前に立った」と歴史の事実を明瞭に描いています。しかし、マルコの「(イエスは)彼(ピラト)に答えて言う」と現在形で強めているのを「イエスは言った」と簡略にしています。「ユダヤの王か」というピラトの問いには、「(反乱を)扇動した」という言葉こそないものの、同様の含みをマタイは読み取っています。イエスが「メシア」であることを明確にするマタイですが、そのメシアが、反乱を助長したかどうかについては、否定しながらも、「それはあなたが言うこと」と、逆にピラトのほうに問いを返しています〔ノウランド『マルコ福音書』1162~63頁〕。
[12]~[13]マルコでは「訴え」のほうに重点が置かれていますが、マタイでは、「(イエスの)沈黙」のほうが重視されています〔ノウランド『マルコ福音書』1162頁〕。マタイは、訴えるグループに「長老たち」を加えています(マタイ27章1~3節を参照)。マルコでは、「ピラトは重ねて尋問して言った」ですが、マタイでは「そこでピラトが言う(現在形)」です。
[14]ここのピラトの問いかけからは、マルコにある「あんなにいろいろと(訴える)」が抜けています。その代わり、マルコにはない「どんな嫌疑にも(答えない)」が入っています。マタイの目から見れば、イエスの沈黙は、「事はすでに決している」からでしょう。ピラトのほうは、イエスの沈黙を「黙秘」とは受け取らず、驚き感じ入っていて、この点はマルコの記述と同じです〔Davies and Allison. Matthew 19--28. 476.〕。
■ルカ23章
ルカの記述には、今回に続いて、「ヘロデによる尋問」というマルコ=マタイとは全く別個の伝承が入りますが、この点は次回で扱います。ルカの記述は、イエスの「新たな共同体」(ルカ22章7~46節)から、イエスの「もとの共同体」(ルカ22章47~71節)への移行を印象づけています〔F.Bovon. Luke 3. Hermeneia. 249.〕。資料として見る場合、二つの説があります。ルカは、(1)マタイによる福音書によらず(あるいはマタイを知らず)、ローマの官権の立場から、マルコの記述を整理し合理化している。(2)ルカは、マルコとは別個の彼自身の資料によっている。どちらとも決めがたいのですが、あえて言えば、(1)のほうがより適切でしょう〔前掲書〕。マルコとルカとでは、ピラトの「お前はユダヤ人の王か」という問いと、イエスの沈黙の部分だけが共通します。違いは、ルカには、ピラトの再度の問いかけがない。彼の驚きもない。逆に、マルコにはない訴えの具体的な内容があります。ルカの記述全体には、この出来事以後のキリスト教会の歩みとルカの時代のクリスチャンたちの置かれた立場が反映しているという見方があります〔前掲書250頁(脚注)14〕。
[1]「そこで、彼ら会衆一丸となって立ちあがり、彼を連行してピラトの面前に引き出した」。「彼ら会衆」「一丸」「立ち上がり」「ピラトの面前」など、マルコにはない表現が用いられていて、なんとも生々しい光景です。ルカは、反乱を誘発するユダヤの不穏な動きを巧みに表現しています。その上で、
[2]「彼らは、こう言って彼を訴え出たのである。『この男は、(ユダヤの神とローマに対する)わが国民の真っ直ぐな道を歪め、〔さらに律法と預言者たちをないがしろし、〕皇帝に税を納めることを阻止し、〔さらに女・子供を惑わし〕、自分こそメシア王であると称していることが判明した』」。〔 〕の部分はマルキオンによる追加です。マルコにはないこの具体的な罪状は、イエスの頃のローマの裁判に一致しますから、ルカの手もとの(史実に基づく)伝承資料からでしょう〔F.Bovon. Luke 3. Hermeneia. 253.〕。「王(権)」については、補遺「ヘロデ家について」を参照したください。
[3]~[5]「そこでピラトは、彼に尋問して言った。『お前はユダヤの民の王なのか』。すると、彼に答えて曰く。『あなたの言う(思う)ままに』」。そこで、ピラトは、祭司長たちと(ユダヤの)民に向かって言った。『この人物には、有罪(の理由)が全く見当たらない。』そこで彼らは、いっそう言葉を強めて『(彼は、)民にけしかけて、ガリラヤから始めて、今やユダヤ全土を扇動しているのだ』と主張した。」
あえて、ルカをそのまま訳したのは、2節の「ユダヤの王」と「あなたの言うまま」以外は、全部、マルコにはないルカだけの描写だからです。マルコには見当たらないこの部分は、かつて、ユダヤの国民に皇帝への反乱を扇動し、ユダヤ戦争にいたらせた暴徒の姿を彷彿(ほうふつ)させます。このみごとな描写は、ピラト以後のローマ総督の悪徳ぶりと、これに対して反乱を起こすユダヤの過激思想と、この両者の相克が災いして、ついにユダヤの滅亡にいたるその過程が、ルカがここでユダヤ人たちに言わせている内容とぴったり一致します。言うまでもなく、ルカは、ユダヤ戦争を始め、それまでの事の成り行きを聞き知っています。それゆえのルカによる編集と言い換えだと見れば、もっともらしい説明になりますが、ボヴォンが指摘するように〔ボヴォン前掲書250頁/252頁〕、「ガリラヤ」を含むこの内容は、おそらく、ルカの手元の資料に基づくルカ流の描写です。しかし、ここでわたしがあえて指摘したいことは、単なるルカの自己流の書き換えでなく、ルカは、ここで、イエス自身があらかじめ予見した事態であると察知した上で、言い換えると、ルカは、「事の真相」を見抜くことができたからこその描写ではないか、ということです。ルカの編集よりも、ルカの卓見をここに読み取るべきです。これに続くルカの描写を含めて(ルカ23章13~25節)、ここは、ヨハネ福音書の記事(ヨハネ18章28~19章16節)を思わせます(例えば「王権」について)。ルカがヨハネを知った上なのか、ヨハネのほうがルカを知っていたのか?議論が分かれていますが〔ボヴォン前掲書250~251頁〕、私に言わせれば、ヨハネ福音書の記事を含めて、実際の史実に基づく伝承であればこそ〔ボヴォン前掲書251頁参照〕、ルカの生き生きした描写が生まれるのです。ピラトの「迷いと逡巡(しゅんじゅん)」、とりわけ、ピラトの「(イエスの)無罪」への言及は、ユダヤ戦争以後のキリスト教会による「反ローマ」への修正だとする見解もあります〔ボヴォン前掲書252頁/255頁〕。しかし、実際の史実を見れば、ユダヤの大祭司だけでなく、エルサレムを陥落させたティトをも含めて、ローマ側は、騒乱の誘発を恐れてなのか、必ずしも戦争を望んでいなかったことが分かります〔補遺「エルサレム陥落にいたるまで」を参照してください〕。
199章 ピラトの裁判へ